第4回 化学物質管理の「自律」をどう実現するか(全3回) 第1回

座談会:化学物質管理の“自律”をどう実現するか —健康障害を予防する次世代のマネジメントへ(全3回)

日時 令和7年12月10日19時〜21時 

第1回 「ルールに従う」時代の終わり:化学物質管理のパラダイムシフト

1―1 座談会の趣旨と本日の論点整理― 化学物質管理の自律をめぐる問題意識

彌冨:今回のテーマは「化学物質管理の自律をどう実現するか—健康障害を予防する次世代のマネジメントへ」として議論を進めていきたいと思います。このテーマは、『喧々諤々』の第2回「リスク創設管理責任論」で、三柴先生にも加わって頂き行いました。化学物質の有害性は、使用時点では明らかでないことが多く、健康障害が現れる頃には、すでに曝露が蓄積している―この時間的ギャップが予防の最大の壁であり、リスク予測や事前制御をどう深化させるかが議論されました。

 今回は、半田先生にお越しいただき、化学物質の自律的管理について、制度・実務・科学の3側面から喧々諤々と議論していきたいと思います。

 まずは「化学物質の自律的管理とは何か」を整理したうえで、議論に入っていきます。

 論点としては、大きく3点です。① 化学物質の未知性・不確実性をどのように評価し、管理していくべきか、② 発がん性物質など遅発性の健康影響に対して、「適切に管理している」とは何を意味するのか、また現行制度の有効性とその限界、③ 自律的な管理を成立させるための情報共有の仕組みと、それを支える専門家の活用や文化の構築、この3点を中心に議論を深めていきたいと思います。

 最初に、自律的管理とは何かという点から議論を始めたいと思います。

 この座談会の企画書をご相談した際に事業場側に性能要件の達成責任を委ねる点に本質がある、というご意見をいただきました。半田先生この点について、ぜひお話をお聞かせいただけますでしょうか。

 

1―2 性能要件化という発想の原点

半田:まず、私から少しお話しします。42年前、労働省に入り、安全衛生部の安全課に配属されました。そのとき法令集を手渡されて、まず驚いたのはその厚さです。どこに何が書いてあるのかわからない。事業場と話をする際に、こんな分厚い法令集と首っ引きで本当にやっていけるのだろうか、と感じました。

 おおよその内容がわかったとしても、法令は次々に改正され、新しい条文が加わっていきます。道路交通法のように、ある程度常識で理解できるものならよいのですが、労働安全衛生法のような体系を、本当に適正に執行できるのかという疑問がありました。その答えを探しながら仕事を続けていたのですが、昭和62年(1987年)、係長になったあたりで、ぼんやりと形が見えてきました。それが「性能要件化」という考え方です。

 そのとき、私は大きく3つのことに気づきました。

 1つ目は、行政の立場で何ができるのかという点です。傲慢に聞こえたらお許し頂きたいのですが、役所の言うことは比較的よく聞いてもらえるのです。また、行政の名で情報を集めようとすると、事業場の方々は本当によく話をしてくださる。今は肩書がなくなり、お願いに行っても会ってもらえないことや、会えても簡単な対応で終わることもありますが、当時は違いました。「話を聞きたい」と言えば、すぐに対応していただき、むしろ先方から来てくださることもありました。係長の立場での発言でも、こんなに受け止めていただけるのかと驚くほどでした。一言で言えば、当時は行政に対する信頼がまだ強かったのだと思います。

 そうした経験から、行政の発信力と情報収集力は非常に大きいものだと実感しました。

 

1―3 性能要件化の思想形成と初期実装 ― 昭和〜平成の制度転換の試み ―

 そうした中で、どうすればよいのかと考えたときに、行政には発信力があるから、あのように条文を次々と作っていっても、あまり文句は出ないのだろう、と感じていました。

 ちょうどその頃、私は化学物質調査課(現在の化学物質対策課)に在籍していたのですが、そこで2つ目のポイントに気づきました。当時、衛生管理者をもっと活用すべきではないかという問題意識を持っており、現場の衛生管理者の方々と話をしていました。すると、こんな声があったのです。「いくら専門性を磨いても、行政がすべて決めてしまう。自分たちは条文の説明をするだけで、やることがない」と。これを聞いて、非常にもったいないし、おかしいと感じました。

 その頃、化学物質調査課では、昭和54年(1979年)の法改正で導入された、新規化学物質の届出制度や既存化学物質の有害性調査に関する業務を所管していました。日本バイオアッセイ研究センターでの動物実験なども含め、さまざまな取り組みを行っていました。

 そうした経験を踏まえて考えたのが、事業場を主体とする発想です。

 何を使い、どう使っているかを最もよく理解しているのは事業場ですし、災害防止の責任も事業場にあります。であれば、事業場を中心に据え、現場の専門家を活用できる仕組みが必要だと考えました。これが2つ目のポイントです。

 では、どうすればよいか。これは先ほどの論点にも関わりますが、すべてを細かく規制するのではなく、まず「災害防止のために必要なことは、現場に応じて実施する」という原則を置くべきだと思います。そのうえで、何が必要かは、それぞれの事業場の状況に応じて、労使と専門家の三者で議論して決めていく。それが基本ではないかと考えました。これが3つ目のポイントです。

 労使だけで判断するのは限界があります。例えば石綿や粉じんの問題では、その危険性が十分に認識されていない時代がありました。実際、私自身も監督研修で石綿作業場に入り、粉じんが舞う中でマスクもせずに過ごした経験があります。今思えば、将来中皮腫になってもおかしくないほどの環境でした。このように、現場の認識には限界があるため、専門家の関与が不可欠です。そして行政は、必要な情報を収集し、発信する役割を担う。これが私の基本的な考え方であり、今も変わっていません。しかもこれは化学物質に限らず、労働災害防止の基本原則だと考えています。当時はまだ「性能要件化」という言葉を明確に意識していたわけではありませんが、その後学ぶ中で、この考え方こそが重要だと確信するようになりました。すなわち、仕様基準ではなく、性能要件基準へと舵を切るべきだということです。

 

1―4 平成24年 一部性能要件化の実際― 許可制導入と現場の反応 ―

 ただ、一足飛びにはいきませんでした。

 その方向で最初に動いたのは、平成13年頃、エチレンオキシドを特化則に追加したときです。エチレンオキシドは主に医療機関で使用されていますが、特化則の基本である「局所排気装置・作業環境測定・特殊健診」の三点セットは、工場作業を前提としたもので、医療機関には適合しません。そこで、使用実態に即した対策を義務付ける必要があると考え、複数の手法と、その時の気中濃度の実測を踏まえ、「第五章の二 特殊な作業等の管理」に第38条の10として「エチレンオキシド等に係る措置」を設けました。

 しかし当時、部内では「三点セットが基本であり、それを崩すべきではない。局排を設けないなら署長の適用除外認定で対応すべきだ」という意見が強くありました。これに対しては、「全国の医療機関から一斉に申請が出た場合、限られた期間で処理するのは現実的でない。リスク評価に基づき、実効性のある方法を採るべきだ」として押し返し、現在の形に至りました。

 その後、平成18年に化学物質対策課長となり、一部性能要件化として、特化則・有機則・鉛則に新たな規定を導入しました。一定の要件を満たし、有害物濃度を適切に管理できる事業場であれば、監督署長の許可を得て、密閉設備や局所排気装置などに限定せず、他の低減措置を認めるというものです。これは性能要件化への第一歩と考えていましたが、日本化学工業協会への説明では、強い反発がありました。理由は「許可制」であることです。

 許可申請をすると監督署の立入があり、その際、当該事項だけでなく他の安全衛生や労働時間なども確認される。事業場としては負担が大きく、「ありがた迷惑」という反応でした。その際、私が申し上げたのは、「ここが最初の一歩である」ということです。

 最初は許可制であっても、申請が増えれば届出制へ、さらに将来的には規制全体を性能要件基準へと転換していく流れにつながる。そのためにも、まずは受け入れてほしいと説明し、何とか理解を得ることができました。

 また、この時期にもう一つ重要な取り組みとして、JIS Z 7253の制定があります。将来的には、化学物質規制は一つの法律に統合されるべきであり、特に危険有害性情報の収集・伝達は一本化すべきだと考えていました。そして、「化学物質情報総合管理法」(仮称)を想定していました。しかし、いきなり法制化は困難です。そこで、情報伝達ルールをJISとして整備するという方法を考え付きました。各法に分散しているルールの共通プラットフォームとしてJISを位置付け、「JISに従えば各法の要件を満たす」とする仕組みです。

 この考えのもと、当時「仇敵」とも言われた経産省と連携し、平成24年にJIS Z 7253を制定しました。さらに、経産省とともに「化学物質情報総合管理法」の検討を進め、関係省庁による合同検討会を立ち上げましたが、環境省や旧厚生省の理解が得られず、最終的には中間取りまとめにとどまり沙汰止みとなってしまいました。

 

1―5 令和3年報告書と制度の大転換― 想定を超えたスピードと到達点 ―

 その後、令和3年の報告書です。これは正直、驚きました。私たちは、何とか2〜3メートル前に進めたところで、あとは後輩たちに託したつもりだったのですが、後輩たちが一気に何百メートル、あるいは何キロというレベルで前に進めたのです。どうすればそこまで進められるのかと思うほど、衝撃的でした。こうした流れの中で、現在の制度が形づくられました。細かく見れば課題は残っていますが、それでも大きな前進であったと感じています。

 この経緯を踏まえると、性能要件化というのは、事業者に対して「自らの責任で結果を出す」ことを求める仕組みだと考えています。決して「事業者任せで、あとは知らない」ということではありません。むしろ、「何をやるかは任せるが、結果は必ず出してほしい」という考え方です。

 言い方は強くなりますが、「結果が出なければ責任を問われる」。—それが性能要件化の本質だと思っています。事業者の責任が弱まる方向ではなく、むしろより明確に問われる方向に転換したのが、今回の制度だと理解しています。

 

1―6 制度的自律と社会的自律

彌冨:ありがとうございます。半田先生より性能要件化による自律的管理という観点から、制度転換の意味や、これまでの現場での反応や影響についてお話しいただきました。

 一方で、自律には2つの側面があるのではないかと考えています。1つは、先ほど半田先生からご説明いただいた制度的な自律。そしてもう一つが、透明性や協働性、説明責任といった要素を含む、いわば社会的な自律です。自律的管理とは、この2つが重なり合って初めて成り立つものではないか、という視点です。そこで森先生にお伺いしたいのですが、社会的な自律という観点から、社会全体やサプライチェーンにおける共同責任をどのように築いていくか、この点についてどのようにお考えでしょうか。

:事業者の責任として労働安全衛生を推進するという話、本当に重要と思います。半田先生が厚生労働省の計画課で第9次労働災害防止計画を担当されているときから、そのことをおっしゃっていたと思います。今から考えれば、かなり若いときだと思いますが、私も「本当にそうだ!」と思ったことを記憶しております。

 結局、化学物質みたいに非常に数が多いものは、性能要件化しない限り、イタチごっこになってしまい、産業の変化に絶対追いつかない。結果的にこの方法しかないというようにまず思っています。

1―7 自律管理は成立しているのか

 一方で、さっき言われた「結果が出なければ責任を問われる」という部分には、かなり不安を持っています。日本では、今のままだと、リスクアセスメントという法律条文を守るということが自律管理と呼ばれるようになってしまうと心配しています。

 その背景には2つの要素があります。1つは何を結果とするのか、ということです。化学物質の場合、急性中毒が出るのであれば、事故が発生したということで結果が出ます。しかし、約2,900まで増やそうとしているリスクアセスメント対象物質には、多くの発がん性や生殖細胞変異原性を有する物質が含まれています。これらの性質は、よほどの高濃度でない限り、短期間に集団に多発して問題となることはないと思います。特に、発がん性物質の場合は30年後とか40年後に、曝露によって過剰発がん、過剰死亡が生じているということを疫学的に証明しなければ、一般のがんに紛れて影響はわからないはずです。そのような性質に対して、出すべき結果とはどのようなことでしょうか。どのような説明責任を、どのように果たさせるのかということが、すごく肝になってきます。説明責任を果たさないといけない意識、またはそのプレッシャーの中で自律管理っていうのは成立するものではないかと思っています。また、事業者の意識が高まったとしても、その実施にはかなりの専門性が必要になる世界で、日本全体でそれができるような人材を育成するためには、20年や30年といった長い時間が必要になります。

 

1―8 CREATE-SIMPLEと技術的ギャップ

 そのような期間を待ってられないので、時間を埋めるために非常に簡便にリスクアセスメント手法としてCREATE-SIMPLEが開発され、かなり高度に出来上がっていると思います。CASナンバーだけ入れれば、有害性を十分に理解しなくてもハザード情報が入ってしまうことになりますが、このことは専門家ではない担当者を思考停止の方向に行かせる可能性がある。作業環境や作業条件に関するいくつかの条件を入れれば、結果が出る。結果が高い場合、どのような作業条件とすればよいかもわかる。しかし、その条件を決めるだけでも、かなりの専門性が必要です。本当に適切な情報をもとにリスクアセスメント、特に曝露量の推定が実施されているということを、どのように行うのでしょうか。

半田:おっしゃるとおりです。先ほど申し上げた性能要件基準化は、労働安全衛生対策全体の文脈での「きちんとやるとは何か」という話でした。ただ、化学物質の場合は少し事情が異なります。「適切に管理しているから事故や災害が起きていない」とは、必ずしも言えません。ご指摘のとおり、健康影響の発現には時間がかかるため、現時点で「きちんとできているかどうか」がわかりにくい。そこが難しいところだと思います。

:多くの化学物質では長期曝露による健康影響が前提ですので、労働災害のような明確な結果がでません。その代わりに許容できない程度の曝露が生じていないということについて、説明責任を果たしていただければいいと思います。欧米では、基本的にそのような仕組みになっていると思います。

半田:だから、そこでは曝露、今の制度で言えば濃度基準値による管理が重要になります。濃度基準値以下でちゃんとコントロールされているということが説明できていればいいわけですよね。

:そうです。しかし、発がん性や生殖細胞変異原性のような確率的影響の有害性を有する物質は、健康影響の閾値を定めることができないため、濃度基準値を決められません。そうすると労働安全衛生規則第577条の2第1項に基づき、労働者が曝露される程度を最小限度にしなければならないということになり、説明責任を果たす基準すらなくなってしまいます。最小限度にしていることの説明とは、どうすればいいのでしょうか。

 いずれにしても、自律管理といえども、化学物質の曝露の状況を事業者に説明を求める制度にしない限り、事業者が自律管理を推進するインセンティブが働かない形になっているのではないかと思っています。

半田:そうですね。今のお話聞くと、確かにそうだと感じました。

 

1―9 濃度基準のない世界での管理― 発がん性物質をどうコントロールするか ―

:CREATE-SIMPLE上は、濃度基準値のような曝露限界値の設定がない物質で、GHSで発がん性区分1のようなハザードレベルがEの物質は、0.05ppm以下を基準としてリスクを評価することになっています。しかし、0.05ppm以下にできていることを証明するのは、技術的にかなり大変ですよね。

半田:この0.05ppmというのは、目標値のようなものとして捉えてよいのでしょうか。

:法令上はどこにも書いてないことだと思います。CREATE-SIMPLE上は、この数値がないとリスクが出てこないので、その数字を置いたのではないでしょうか。

 事業者に結果に対する責任を持たせるのが自律的管理の基本となるはずですが、その結果への説明を求めることがとても難しく、曝露レベルを結果として位置づけても、それができる人材や技術的課題がとても大きいということです。

 私は、今後の化学物質管理は自律管理の方向性しかないと考える一方、日本の自律管理制度はうまく行かないと思っています。

半田:いくつか論点があると思います。がんのように長期的な影響が問題となる場合、結果が現れたときにはすでに手遅れになっている。あるいは、実際には適切にコントロールできていなくても、まだ患者が出ていないために「適正に管理されている」と評価されてしまう可能性もある。そうした点を踏まえると、本来は濃度基準などを設定し、それ以下でコントロールされていることを事業場が証明する必要があると考えていました。基準を定めないという整理になっている点については、正直、十分に認識していませんでした。確かにそれでは、「やるべきことはやっている」と言えば、それで終わってしまう可能性がありますね。

:そうなんです。義務として実施するということになると、そうなってしまいますよね。

半田:確かにそうですね。これはむしろ行政に聞いてみたいところです。いずれにしても、「結果を出す」ということは、単に疾病を発生させないというだけでなく、それ以前に、適切にコントロールされている状態であることを示さなければならないということです。

:そういうことですよね。まさにそうだと思うんですよね。

半田:ただ、その点は非常に難しい課題です。濃度基準を設けない場合、どのようにコントロール状況を示すのか。行政としては、「こうした措置を講じていれば適切に管理されているとみなす」といった形で、通達や条文で示す可能性もあるのではないかと考えます。しかし、「できるだけ低くする」というだけで、明確な基準がない中で「適切に実施していることを証明せよ」と言われても、実際には非常に難しい。行政としても、その点は模索しているのではないかと思います。ただし、「ここまでやれば十分だ」と確信をもって示せる領域ではない以上、最終的には、事業場における労使の合意に依拠せざるを得ないのではないかとも感じています。

 昭和62年頃、「新技術の安全衛生対策」が課題となったことがありました。当時の私は、新技術のリスクを科学的に把握しようと考え、従来技術の延長として分析すれば問題点を見出せるのではないかと思っていました。しかし、これは非常に難しかった。そのとき、大先輩の南本禎亮元部長から、「新技術対策とは問題点を見つけ出すことではない。現場の労使がどこまで受け入れられるか、その合意形成のルールを定めることだ」と教えられました。

 この考え方は、化学物質管理にも通じるものがあります。すなわち、その時点で得られる最新の情報を基に、専門家の助言を踏まえながら、現場の労使が合意して対策を決定するということです。そして、その合意に基づいて実施された対策の範囲においては、一定の免責が認められるという考え方です。行政としては、可能な限り最新の情報を収集・提供し、適切な専門家の助言を受けられる体制を整備する。そのような枠組みが必要になるのではないかと考えています。

第2回 「自律の裏側:専門家と社会インフラが支える安全」に続く