第2回 「自律の裏側:専門家と社会インフラが支える安全」

座談会

化学物質管理の“自律”をどう実現するか —健康障害を予防する次世代のマネジメントへ(全3回)

日時 令和7年12月10日19時〜21時

第2回 自律の裏側:専門家と社会インフラが支える安全

 

2―1 専門家の不在と制度の空洞化― 化学物質管理者の位置づけを問う ―

彌冨:性能要件化によって事業場の責任が大きくなる中で、自律的な管理を成立させるするためには、事業場単独の努力だけでは難しい場面も増えてくるように思います。先ほど半田先生がお話しされた専門家の活用、そして化学物質管理者を現場と専門家をつなぐ役割とすることが挙げられると思いますが、化学物質管理者にどこまでの役割や能力を期待するのかも含め、社会全体としてどのような支援や仕組みが必要だとお考えでしょうか。

半田:これもほんとは行政に聞いてみたいんですが、化学物質管理者に何を期待してるのか、私は知りたいんです。あの条文を見ると、すごい人が化学物質管理者じゃないといけないように見えるんです。だけど、下手したら作業主任者だって2日講習、3日講習やるところを化学物質管理者って原則2日講習でしたから。

森:化学物質を製造する事業場が12時間で、取り扱う場合の事業場が6時間ぐらいです。

半田:そういうことで育てられる化学物質管理者に何を期待しているのだろうというのを聞いてみたいですね。どう考えてもおかしいと思うんです。私の理解では、たぶんこれはインタープリター(=通訳)みたいなことなんだろうなと思います。つなぎ役みたいな、ほんとの専門家にきちんとつなぐために。当面、「あんたんとこ許可はどうなっているの? 抑制濃度は? 制御風速は出てるの?」とか聞かれた時に、その位は答えられる専門家、という意味なのかなと思ってるんですけど。

 

もともと私は、「化学物質情報総合管理法(仮称)」のような仕組みを作ろうと考えていました。平成21年に化学物質対策課長となり、約3年間取り組んだ中で、最終的には省庁横断で化学物質情報を一元管理する法律を構想していました。

具体的には、化学物質の危険有害性や対策に関する情報を、事業者間で総合的に共有・活用できる仕組みです。その実現に向けたステップとして、平成24年の一部性能要件化や安衛則改正、JIS Z 7253※1の整備などを進めてきました。これらはすべて、最終的にこの構想につなげるための布石でした。

 

※1 JIS Z 7253:化学物質等の危険有害性情報を事業者間で適切に伝達するための「安全データシート(SDS)」の作成および提供方法を定めた日本工業規格。GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に基づき、成分情報、危険有害性、取扱い方法、応急措置などを標準化して記載することを求めている。

 

2―2 社会的支援の構想― 中央情報管理と外部専門機関 ―

構想のポイントは2つあります。1つは、サプライチェーン全体での情報循環です。

輸入業者・製造業者から販売業者まで、川上から川下へGHSやSDSで危険有害性情報を確実に伝達する。一方で、各事業場での使用実態やトラブル情報は川上へフィードバックする。この双方向の流れを作り、すべての情報を「中央情報管理センター」に集約する仕組みです。例えば、事業者がこのセンターに情報を登録すれば、法令上の情報提供義務を果たしたとみなす、といった制度設計も考えていました。もう1つは、社会的支援体制の構築です。各事業場では、労使と専門家が協議して対策を選択できる仕組みとする。ただし、専門知識のない状態で判断するのは危険です。そこで、すべての事業場に高度専門職を配置するのではなく、外部の専門機関が支援する形を想定しました。いわば、化学物質管理を“外部化”する仕組みです。高度な専門家を自社で確保できる企業はそれでよい。一方で難しい企業は、民間企業を含む専門性を持つ外部機関を有料で活用する。中央情報管理センターと、こうした外部専門機関が連携して支える社会的インフラを構築したい、というのが当時の構想でした。つまり、化学物質管理を一部の「管理者」に任せきりにするのではなく、社会全体で支える仕組みにすべきだと考えていたわけです。

森:健康障害の発生を自律管理の結果とした場合、多くの化学物質では結果が出るまでに時間的にあまりにも遠過ぎてしまって、曝露と結果との関係がはっきりしません。そうなると、例えばリスクアセスメントの結果とか曝露の結果とか、そういったものが何等かの形で行政が吸い上げる、説明責任を果たさせるといったことがまず1つ重要だと思います。

 もう1つが化学物質の専門家をどのように使うか、またはその専門レベルをどうするかということです。化学物質の自律管理は、専門家が関わらないと無理だと思います。最近、オキュペーショナルハイジニストに少し光が当たっていますが、これを広げていったとしても、各事業場でハイジニストが関われるというところまでは、かなり時間がかかります。

今回、化学物質管理専門家という制度ができましたが、その活用が、何かあった時に労働基準監督署から専門家の指導を受けるように指示されるという仕組みなので、ほとんどこの制度は活用されないのではないかと危惧しています。活用されなければ、優秀な人材はこの道に来ないでしょうし、悪循環に陥ります。その結果、人材供給がないので、専門家なしで何とかやってしまおうという感じになり、本来の自律管理とは程遠いことになってしまうかもしれません。

半田:専門家を使わなくてもいい仕組みっていうか、結果が求められ、どこまでやればいいかというのが見えないからです。

森:そういうことです。化学物質管理者がCREATE-SIMPLEにデータ入力して、結果が出たからこれでいいというといった感じです。

半田:CREATE-SIMPLEでやっていれば、曝露を一定以下にコントロールすることはできるのは間違いないのですか。

森:CREATE-SIMPLEは、推定曝露濃度に幅があって、一番高い側を推定曝露濃度として保守的な比較をしていくことが基本です。定性評価としては、ある意味当たり前のことです。実際に測定したら、それほどの曝露がないということになる場合が多いわけです。しかし、測定せずに、曝露はそこまでないだろうと判断することもありえると思います。また、先ほどお話ししたようにCREATE-SIMPLEのデータを出す時には、例えば利用する保護具の性能や、フィットテストを適切にしているか。換気装置の性能や制御風速の確認などの要素を選択して濃度を推定する仕組みなので、そのような要素について正しく理解してる人が利用しなければ、あやまった推定濃度になる。しかも、それが1/10といった感じで下がってしまうこともあります。例えばフィットテストをしているかも、JIS規格がありますから、JIS規格に基づいて実施していることが前提だと思います。

半田:そこがよく分からないです。でも、そういうもんなんですね。

森:また、リスクアセスメント対象物に対する曝露が、濃度基準値を超えてる場合、リスクアセスメント対象物健診をやりましょうっていうルールになっています。すでにこの規定は2025年度から施行されているのですが、労働衛生機関の話を聞くと、まだほとんど動いていない状態のようです。まだ1年目だからそうなのかもしれませんが、今後もうまく動かない恐れがあるのではないかと心配です。

 

2―3 経営責任と自律管理

小島:私はなかなか勉強が追い付いていかないんですが、今日のお話も伺っていて何となく思うのは、性能要件化とは、「実質化」ということでしょうか。つまり今までは、形によって、分かりやすいところで、やるべきことを決めていたわけですよね。それを、効果とか顛末(てんまつ)まで全部見て、防止したいものの実質を捉えて、そうなるようにする方法については、責任を持って自分たちで選択しなさい、ということに切り替える。そのプロセスとして、測定したり、リスクを計算したりっていうことをやれということなんですよね。それ自体は、行為規範ということであり、つまり結果を発生させないためにやるべきことを示すという意味で、目的に対して最短距離を示しているようです。結果の責任を問うために発生した結果から因果関係を後から逆にさかのぼるんじゃなくて、こういうふうにやっていけば最大限防止効果があるだろうっていうことをやりなさいということで、極めて真っ当なことだと理解します。

 そうであるが故に、たぶん化学物質の多様さとか、各事業場の実態の多様さということから、ほんとにプロセスの手引しか示せないわけです。あとは実態を分かっている人がやりなさいということですが、実質が分かってないと、やっていることの意味が分からず、単なる机上の計算とかに終わってしまう恐れはないのか、ということなのかと思います。

 長期的に見たら、これからは、他律的に取り締まることには無理があるので、だとしたら事業者そのものを育成していかないと駄目だと思います。そのためには、専門家を育成する前に、経営者に対して、何か危ない物質はないのか、そして、それについて危なくないようにやり方が分かる人間はいないのか、「探せ」と命じることが必要だと思うのです。その結果、専門家が今度は、稼げるようになっていったり、育成されたりということになるので。私は、それこそ化学物質の管理者は、専門性よりも、経営責任を負うとか、相応の高い地位とか、実質的な経営決定権のある人間を選ばなきゃいけないという方向に持っていった方がよかったのではないか、というくらいに思っています。

 そうなれば、経営の専門家であっても科学の素人なんだから、専門家を頼らなければいけないという流れになります。下っ端の人を管理者に任命して勉強して来いって言うのでは、経営は動かないし、その管理者も動けるはずがないと思うんです。何よりも経営者の教育・育成が必要ではないでしょうか。だんだん、門前の小僧で聞きかじっていれば、ましてや自分の事業のことであれば、経営者だって分からなくはないわけです。何よりも権限があり、そして最後は責任を負うんだという人を明確に名指しするということが必要だったんじゃないかなと、今伺っていて思った次第です。

 裁判とかで、業務上過失致死罪とかに問われる立場の人です。法人が民事賠償責任を負うだけではなくて、経営者としての個人責任を負う立場、また刑事責任も個人として問われかねない立場の人が責任者として勉強しなければいけない。自分でやれないところは専門家を使えということ。そういう体制を作らなければならない。建設業では、ある程度そういう立場の人を責任者にしている実態があります。ところが、化学の専門家の方に寄せたので分かりにくい。これが分かる人、勉強して来いで終わってしまわないか。自分の責任にならない限りは、「おまえが勉強しろ、金は使わない」となって行きませんか、と思います。

 

2―4 性能要件化と日本版VPP構想

半田:今思い出したのですが、今回の性能要件化と、私が当時考えていたものには決定的な違いが一つあります。現行の安全衛生管理は、いわゆる法令準拠型です。国がルールを定め、行政が事業場を監督・指導する。事業場では中央労働災害防止協会などの団体等の支援を受けながら、対策に取り組むという枠組みです。

 これに対して、私が考えていた性能要件化は、従来のやり方を一気に変えるものではありませんでした。いわば「日本版VPP※2」的な仕組みです。

「自分たちは法令に依存せずとも、自主管理によって十分な安全衛生水準を確保できる」と手を挙げた事業場については、行政がそれを認め、一定の裁量を与える――そうした選択制の枠組みを想定していました。

なぜこう考えたかというと、従来の仕様基準を一斉に廃止すれば混乱が起こり、とりわけ中小企業は対応できなくなると考えたからです。一方で、大企業など十分な能力を持つ事業場にとっては、「1から10まで国が決める」仕組みでは工夫の余地がなく、むしろ非効率になる。「できるからやらせてほしい」というところには、それを認めるべきだという発想です。

 その前提として、事業場にはマネジメントシステムが確立され、内部に専門人材―たとえばCertified Safety Professionals※3 やインダストリアル・ハイジニストのような専門家がいて、事業者・労働者がこれらの専門家と協議しながら進めていく体制が必要です。そうした体制が難しい場合は、外部の専門機関を活用する、という構想でした。つまり、従来型と性能要件型を併存させる段階的な移行です。ここが、今回の制度改正との大きな違いだと思います。

平成24年の一部性能要件化も、その考え方の一部です。例えば「一定濃度以下にコントロールできればよい」という結果基準を導入したことで、局所排気装置の風速を下げるなど、柔軟な対応が可能になりました。その結果、電力消費が減り、コスト削減につながったという事例も出ています。つまり、合理的な方法を選べば、安全性を確保しつつ経済的メリットも得られるということです。

今回の化学物質管理の見直しでも、本来はこうした発想と結びつけることが重要だと思います。ただ一方で、対象物質を一気に約2,900に拡大し、従来型の管理を縮小するとなると、現場が本当に対応できるのかという懸念もあります。この点は、むしろ制度を設計した側に聞いてみたいところです。さらに重要なのは、新しい制度に移行することで事業場にどんなメリットがあるのかという点です。もしそのメリットが、「何もやらなくても済むから楽になる」という方向に働いてしまえば、それは制度として本末転倒です。そうならない設計が不可欠だと考えています。

 

※2 Voluntary Protection Programs(VPP):米国労働安全衛生局(OSHA)が運用する制度で、一定の安全衛生水準を満たす事業場に対し、規制の柔軟な運用や自主的管理を認めるプログラム。

※3 Certified Safety Professional(CSP):米国の認証機関であるBoard of Certified Safety Professionals(BCSP)が付与する安全衛生分野の専門資格。リスク評価、安全管理システムの構築・運用、労働災害防止などに関する高度な専門性を有することを示す国際的資格。

 

森:本当に化学物質の管理、特に慢性曝露の管理は難しい。WHOのGlobal Burden of Disease 2021での推計では、日本の全がんの3.7%は職業曝露要因だと言われています。一方、アスベストを除くと職業がんは、毎年1桁の前半しか認定されていません。よく「彼はたばこで肺癌になった」といいますが、それはたばこが相当割合寄与して肺癌になった、それがおそらく半分を超えるから違和感がないのですが、それが3%とか4%なのです。誰も職業上の曝露が原因じゃないって思うわけです。仮に私は過去に医療機関で使う滅菌ガスである酸化エチレンを使っていたとします。50歳で、例えば悪性リンパ腫になった時に、私の悪性リンパ腫はあの曝露が原因だから、ちゃんと補償してよと訴えた時に、私が相当程度の曝露をしていたのか、していなかったのか、どちらに立証責任があるのでしょうか。もし、事業者にそれを立証させるっていう枠組みになったら、曝露の評価を適切にしていないという経営上のリスクは相当大きくなるのではないでしょうか。

 曝露評価をもっと真剣にさせて、自律管理が進む流れが、私にはそれくらいしか思い付かないんです。もししっかり曝露評価を行ってリスクアセスメントをしなければならないということになるとすごく大変で、専門家がアドバイスをして、きっちり記録を残すという本来あるべき取組が一気に進むのではないかと思います。そのためには、労働安全衛生マネジメントシステムの導入がもっとも効率のよい手段になります。

半田:今、森先生がおっしゃっているのは、事業者側が「うちでの職業性曝露が原因じゃないんだ」ということを証明する。要するに挙証義務を事業者側に課すような制度でないといけないってことですよね。

森:そういうことです。曝露濃度が低い、または少なくともCREATE-SIMPLEをちゃんとやって、フィットテストの方法も適切であったという記録も残っている、事業者がいつでも立証できるという状態にしておかなければならない状況であれば、すごく自律管理が進むと思うんですが。

半田:すごく進むのは間違いないけど、それはかなり厳しい。

森:厳しいですよね。

半田:そういう規制に向けた法令改正は、まず通らないでしょうねえ。

森:でも、1−5にありました「結果が出なければ責任を問われる」という話は、多くの化学物質が慢性曝露や遅発性の健康影響なので、このような立証を求めない限り、難しいと思っています。それ以外のアイデアがあれば教えてほしいです。

半田:だから発がん物質だから、基準濃度値が定められないよというのは理屈としては理屈だけど、やっぱりそれでもどこか線を引いて、何ppm以下にしろと、やらないといけないのではないかな。それもナシというのは、やっぱり現実的じゃないんですかね。

 もっと言えば、もう発がんだからしきい値ないんだって言ってしまえばそれまでなんですよね。じゃあ、しきい値がないものを、一切使わせないかっていうと、そんなことないわけです。現実に使っているわけで、だからその時はエイヤッでやってるわけですよね。

 結果を求めるためには、やっぱり結局濃度コントロールがちゃんとできているかどうかというところをやるしかない。

森:そうなりますよね。

半田:一切の挙証責任を事業所に求めるというのは、それはちょっと酷過ぎるのでは。効果は出るだろうけれども、酷過ぎるよなと思います。ついでに言うと、何でもかんでも、私病的なものでも何でも、職業性疾病だって言い募る風潮があるように感じます。

森:そんな社会がいいと、私は思いませんが。

半田:そんな社会、私、トンネルじん肺と石綿訴訟で散々見たからね。これ余談ですけど。

 

 

第3回 「最後に問われるのは誰か:性能要件時代の責任とリスク」に続く