Q1
 適応障害やうつ病等の精神疾患のために休職している従業員が、休職期間中に趣味の活動(音楽活動や旅行等)をしていた場合、療養専念義務に違反し、会社から注意指導や懲戒処分の対象となり得るでしょうか。

A1
総論

 休職期間中に趣味の活動をしていることをもって直ちに懲戒処分を行うことは適当でないことが多いと考えられますが、医療者の判断に従わせること、それに基づき、会社秩序の観点で注意指導を行うことは可能です。
 そのためにも、先ず就業規則上、療養専念義務、必要な場合の主治医への意見聴取、指定医等への受診、逸脱行動の可否を会社の許可制としておくことが重要です。

詳論

 いわゆる傷病休職制度は、一般的には、従業員が私傷病のために就労できない場合に、解雇を猶予して療養に専念させるために労務提供義務を免除するものと解され、制度目的からしますと、従業員は休職期間中は職務に復帰できるように傷病の療養に専念する義務を負うと考えられます(ジャムコ立川工場事件・東京地裁八王子支判平成17年3月16日)。

 私傷病休職期間中の音楽活動や旅行等の趣味的な活動については、例えば腰のケガや病気でそれらの活動が病態・症状を悪化させるおそれがあるならばともかく、精神疾患で意欲の低下が主な症状である場合には、こうした活動が精神衛生上良い方向に働いて療養につながる場合があり、一概に療養専念義務違反と言えない場合があります。

 うつ病や不安障害を理由に休職していた者が、オートバイで頻繁に外出していたこと、ゲームセンターや場外馬券売場に出かけていたこと、飲酒や会合への出席を行っていたこと、宿泊を伴う旅行をしていたことなどに対して、使用者が療養専念義務に違反して解雇事由に該当すると主張した事案で、裁判所は、「うつ病や不安障害といった病気の性質上、健常人と同様の日常生活を送ることは不可能ではないばかりか、これが療養に資することもあると考えられていることは広く知られている」ことを一般論として述べた上で、結論として、上記による私生活上の活動が休職者のうつ病や不安障害に影響を及ぼしたとまでは認められないとして、これらの行動を特段問題視することはできないと判断しています(マガジンハウス事件・東京地判平成20年3月10日)。もっとも同例では、一方で主治医が休職者に対して会社と関与する行動をとることを禁忌であると指導していたにもかかわらず、休職者が会社に出社して組合活動をしていたことや、会社や組合に関する事項をブログに掲載していたことは、主治医の指示を守らず、療養に支障となる行為というべきであり、私傷病休職の趣旨に反する行動をとっているとして、懲戒事由に該当すると判断されています。

 こうしたことから、たとえば、休職者の同意を得た上で、主治医に照会して、休職者の病状、活動制限等の指導内容及び趣味的活動による療養への影響等について確認することが基本となるでしょう。一方で、休職者が趣味的活動を「元気に」行い、SNS等で発信をすると、休職者の分の労働をカバーしている同僚を中心に、「私たちはこんなに苦労しているのになんだ」といった陰性感情が湧くことも考えられます。

 「たとえ医学的に妥当な診断を得て休業中に『好きなこと』を行うことを許された労働者であっても、そのことを職場に吹聴するような行動をとれば、職場秩序を乱したとして、該当する就業規則規定を根拠に懲戒処分等の人事措置を講じることもおおむね正当化されると解される」との意見もあります(三柴、労働基準広報2010.11.11)。

 同僚たちの「反感」が生じると、復職の際も円滑に業務が再開できないという問題もありますので、直ちに懲戒処分をすることはないにせよ、一般的な服務規律である「会社又は職場の風紀、秩序を乱さないこと」を根拠に、産業保健職と人事の担当者が連携をとって情報共有しつつ、本人に自重を促すよう注意することは適切であり可能と考えられます。

 こうした事態を予防するには、就業規則や休職に入る際に手渡す書類のなかに、「休業中は療養に専念し、回復した際の復職を円滑に進めるためにも、無用の誤解を招くような言動を行わないよう留意して下さい。逸脱行動をとる場合には、医師の許可を得るとともに、会社の許可を得てください」といった一文を入れておく、といったことが考えられます。

 

 

産業保健職の現場課題についてのQ&A | 日本産業保健法学会 (jaohl.jp)