Q3
 保健師が、社員とのメンタル相談の際に、「人事総務や産業医には言わないでください、保健師さんだけにお話します」と言われ相談を受けました。
 これはその通りにしてよいでしょうか?それとも、「産業医には伝えざるを得ない」と言うべきでしょうか?それとも、内容によって保健師がそのことを判断する必要があるでしょうか。
 仮に、保健師だけが知っている相談内容がある場合に、どういった法的問題が生じうるでしょうか。

A3
総論

 産業保健専門職(以下、保健職)は産業保健を推進するチームとして対応し、事業者に助言や指導を行う必要があり、その前提として、産業医と保健師との間で社員の健康情報を共有する必要があります。その限りで法的問題が生じることはありません。もっとも、相談者との信頼関係を損なわないためにも、(相手のパーソナリティや直面する課題、経緯などを総合的に判断したうえ、)産業医との間で情報を共有することを、共有する理由と併せて事前に説明すると良いでしょう。
 適切な対応を怠った場合に発生しうる法的問題としては、勤務先の企業が安全配慮義務に違反して損害賠償責任を負う可能性があるほか、保健職自身も、相談者等に対して損害賠償責任を負うことや、企業から解雇や雇止め(準委任契約の場合は当該契約の解除)、損害賠償請求、その他人事上の不利益措置を受けるリスクがゼロではありません。

詳論

1 相談内容の共有
 使用者は労働者に対して安全配慮義務(労契法5条)を負い、労働者が健康を損なわないよう「必要な配慮」を実施するために、労働者のメンタルヘルス情報を含む健康情報を把握する必要があります。保健職は、一方ではこの使用者の履行補助者として、他方では信頼関係がベースとなる労働者の相談窓口として対応する必要があります。
 個人情報保護法上、産業医とその他の産業保健スタッフは、同じ法人の一員ですし(法人の一員への情報提供は、法人への情報提供とみなされる)、その法人には、当該相談者やその周囲に対する安全配慮義務を負いますし、健康管理のためにもチームとして対応する必要がありますので、いずれかが取得した相談情報などは、基本的にはチーム内で共有する必要があります(三柴丈典ほか[2020]「健康情報等の取扱いと法」『産業保健と法~産業保健を支援する法律論~』産業医学レビュー(公益財団法人 産業医学振興財団)130頁)。
 もっとも、相談者に対して、事前の説明なしに相談内容を産業医と共有した場合、労働者は安心して相談できなくなるおそれがあり、ひいては保健職と相談者との信頼関係が損なわれる可能性があります。そのため、保健師は相談者に対して、(相談相手のパーソナリティ、直面する課題、それまでの経緯等を総合したうえで、)相談内容によっては産業医等に伝えざるを得ないと説明した上で相談を受ける方がよいでしょう。その際、相談者から理解を得るために、相談内容を共有する理由(例えば、相談内容によっては安全配慮義務の観点から必要な配慮を尽くさなければならないこと等)を丁寧に説明し、理解を得ることが肝要です。
 また、健康情報の取扱いに関する規程を設けることは重要です。合理的な規程は、労働者の個別同意がなくても雇用契約の内容になると解されているためです。そのうえで、相談者の生命や健康を保護するために必要があるとき等は同意なく共有することがある旨説明することが望まれます(むろん、相手や場合によります)。
 基本動作を定めておくことによって保健職の工数を削減することが可能になり、また相談者としてもみだりに情報共有されないとの安心感をもって相談できるようになり、相談者と被相談者相互の心理的安全性が高まります。

2 発生しうる法的問題
 相談内容を保健職のみが把握し、健康情報を適切に共有しなかったことによって相談者の健康が損なわれる事態に発展した場合、使用者が損害賠償責任等の責任を負うおそれがあるほか、保健職が、以下のような責任を負う可能性が考えられます。
 まず、相談者又はその遺族から、取得した健康情報から健康を損なうことが予見可能であったにもかかわらず、産業医等と情報を共有して事業者に対する助言や指導を行わなかったとして不法行為責任(民法709条)を追求されることが考えられます。
 また、企業からも、取得した健康情報を共有することが保健職の職務内容として要請されているにもかかわらず、当該情報を正当な理由なく自己で滞留させていたとして、解雇・雇止め(準委任契約の場合は当該契約の解除)、損害賠償請求等、その他人事上の不利益措置を受けるリスクが考えられます。

3 おわりに

 法的観点からは以上のように言えますが、労働者に安心して、正直に話してもうためには信頼関係がベースになるため、労働者との間で信頼関係を構築することが欠かせません(この考え方を法律論に展開した著作として、三柴丈典『労働者のメンタルヘルス情報と法』(法律文化社、2018年))。この信頼関係を醸成し、労働者の良き相談窓口となることが、労働者と最も近くにいる保健職に求められています。産業医と保健師等の保健職はチームとして活動することが重要ですが、まずは太陽(産業保健看護職)で、粘り強く努力してもらちがあかない場合には北風(人事、場合によっては産業医)で、というように役割を分担し、事業場における産業保健を推進していくことが肝要です。

 

 

産業保健職の現場課題についてのQ&A | 日本産業保健法学会 (jaohl.jp)