第2回 なぜ中間管理職は“最も重要で最も報われない”のか

 

 

2-1.「板挟み」の中で壊れていく中間管理職

彌冨:岡田先生のお話をお伺いしていると、管理職に求められる役割そのものが、かなり多層的になってきてるという印象を受けました。そうした中で、中間管理職の位置付けについて、小島先生はいかがでしょうか。

小島:一番、大変な場所ですよね。部下をマネジメントするけれど、自分も上司からマネジメントされる側であり、現場と経営の間で板挟みになりますし、つなぎ役にならなければならない。世代的にも働き盛りですよね。いろいろな意味で変化していかなければならない。若い時にがむしゃらにやっていたのを、マネジメントする側へ変換していかなければならないという、キャリアの危機みたいなものになり得る。よく、管理職に昇進したらおかしくなってしまいました、ということが起こります。ご自身がメンタルヘルス不調になる場合もあれば、パワハラ的な指導方法になってしまって、部下をうまく管理できなかったりする。中間管理職は、組織の中で、多分、一番重要であるけれども、一番大事にされてないと思うのです。

 それで選抜されて生き残って、そこをうまく通り抜けることが、将来幹部になっていくための試練なんだっていう見方はあるとは思うのですが、問題は、そういうつぶれてしまったり、おかしくなってしまう中間管理職の下にいる人たちが割を食うというか、被害に遭うということが起こる。それはやっぱり、組織としては、そのままではまずいんじゃないのかなって。まずそういう中間管理職に着目することが、管理職を一つの機能として見た時にそれを象徴する存在のような気がするので、今そんなふうに申し上げた次第です。

 どうなんでしょうか、岡田先生。例えばフラットな組織とか言って、一時期、中間管理職を減らして、大人数がもっと偉い人に直接にぶら下がるというか、対峙するみたいな組織にすることが流行ったことがありますけど、あんまり上手くいかないと分かって、やっぱり階層構造じゃないとうまくいかない、と戻したところが多いと聞いています。中間管理職というものは、何のために必要であるのか、逆に、当人にとってはどのような難しさがあるのか。会社の中で実際、今まで岡田先生が、それをどのようにサポートして来られたかなど、伺えるといいなと思うんですが。

岡田:年間6,000人規模で教員のメンタルヘルス不調が発生しているということで、厚生労働省から、私と産業医大の先生2名が支援に入るよう依頼を受け、文科省の委員会に参加したことがありました。

 

2-2. “鍋蓋構造”はなぜ限界を迎えたのか

当時、学校組織はいわゆる「鍋蓋構造」と言われていて、校長、その下に教頭、あとは教員という非常にフラットに近い構造だったんですね。これがメンタルヘルス不調の一因ではないかという議論があり、その後、副校長や主任といった役割を設け、ある程度ヒエラルキーを持たせたほうがいいのではないか、という方向に文科省も動いていきました。
ただ、それでもなお、現在も5,000〜6,000人規模のメンタル不調者が出ている状況があります。

もちろん、組織構造そのものも重要なんですが、私が最も重要だと感じているのは、中間管理職の役割なんです。

 

2-3.管理職は“バッファー”である

管理職というのは、経営と現場の間に立って、いわば“バッファー”として機能している存在です。ですから、その人たちをどう育成するかが極めて重要になる。

先ほど小島先生がおっしゃったように、上からは締められ、下からは突き上げられる。この構造については、丸山眞男先生が『超国家主義の論理と心理』の中で述べられている「抑圧委譲の原理」に通じるものがあります。つまり、自分が上司から受けた抑圧を、そのまま部下へ返してしまう。そうした日本独特の社会的・組織的な病理構造があるのではないか、ということです。

 

2-4.  管理職は“法的責任”を負う時代になった

だからこそ、中間管理職がどう機能すれば、企業業績や組織の健康度を高められるのか、ということが非常に重要なテーマになってきたわけです。

その流れの中で、大きな転機になったのが、小島先生もご存じの「オタフクソース事件」でした。自殺した部下に対して、係長と次長が責任を問われ、約1億1,000万円規模の損害賠償請求がなされた事件です。つまり、上司自身が法的責任を問われる時代に入った。

さらに、その前には電通事件もありました。こうした流れを受けて、政府は急きょ「ラインケア」を打ち出したわけです。言い換えれば、ここで初めて、中間管理職の役割が社会的・法的にも明確化されたとも言えると思います。裁判所が、その重要性を可視化したわけですね。

本来、管理職というのは、部下のストレスも、経営側のストレスも吸収しながら、組織を安定化させる役割を担っている存在です。ところが、その機能が大きく失われていったことが、日本の組織にとって非常に大きな問題だったのではないかと感じています。

その後、管理職研修をしっかり行い、さらに産業保健スタッフとスクラムを組みながら支えていこう、という方向へ大きく変化してきたのだろうと思っています。

 

2-5. 「部下を支える前に、私たちは誰に頼ればいいのか」

以前、私がいた会社で、初めて本格的な管理職研修を行ったことがありました。100人ほどの管理職を集めて、部下のメンタルマネジメントについてお話ししました。

すると、ある管理職の方から、「部下のケアが重要なのはよく分かった。でも、自分たちがストレスを受けた時は、誰が見てくれるんだ」という声が上がったんです。

その時、人事部長が立ち上がりまして、最初は少し冗談交じりに、「皆さんは管理職なんだから、自己管理ができる前提で管理職になっている。だから自分のストレス管理もできるはずだ」と話されたんですね。すると会場から「えっ」という空気が流れました。

ただ、その後に続けて、非常に大事なことを言われました。

 

2-6.  管理職も「支援される側」である

「皆さんが部下をケアするのと同じように、皆さん自身も会社がケアする対象なんです」と。そして、「人事労務の問題でも、健康上の問題でも、1人で抱え込まずに必ず上にあげてほしい」と。

当時でいう“事例性”と“疾病性”についても、産業医から十分説明を受けていましたので、「疾病性の問題があれば、すぐに産業医や産業保健スタッフへ相談してください。決して1人で悩まないでほしい」と、明確に伝えられたんです。

さらに、「組織というのは、後ろに支える人がたくさんいるから組織なんだ」とも話されました。

つまり、管理職が1人で抱え込んで対応するものではない。それは従業員にとっても不幸だし、管理職自身にとっても不幸なんだ、と。

その上で、「皆さん、自分の部署の担当保健師は誰か分かりましたね。担当産業医は誰か分かりましたね。当社には精神科医もいます。皆さん自身が相談に来ることも歓迎します」と、取締役でもある人事部長が管理職へ直接伝えられたんです。

そうすると、研修後に「安心しました」という声が多く出てきました。

やはり、企業や組織というのは、単に管理職へ責任を負わせるのではなく、管理職自身を支え、育てていくことが重要なんだと、その時強く感じました。

 

2-7. 「人事を頼っていい」と言える組織は強い

小島:素晴らしいですね。人事が僕らに相談しなさいって堂々とおっしゃったのが、素晴らしいと思うんです。部下のマネジメントは人事を頼りなさい、そして、事例性と疾病性という2つのチャンネルがあるよ、っていうこと。そのことを真っ先に教育している会社は素晴らしいと思います。普通は、人事には頼れないと管理職に思われている。それどころか、余計なことを人事に知られると面倒なことになる、と管理職に思われるような動きをしてしまう人事っていうのが、とかく多いので。

 人事は人事で一生懸命やっているつもりなんですが、問題への対応が後手になると、要は、叱られるっていうか。人事にね。そういう役回りも人事はやらざるを得なくなっていくと、人事はどうしても嫌われるし、人事には知られないようにしよう、ってなっていってしまう。そこを役員の方が、あなたたちの大変なのは受け止めるとおっしゃるというのは、本当に素晴らしいなって、今、伺っていて思いました。

岡田:ありがとうございます。

彌冨:今のお話で、管理職にとって人事や産業保健がどういう存在なのか、かなり見えてきたように思います。

その上で、もう少し視点を上げて、「会社として健康経営を掲げている」ということ自体が、管理職にとってどういう意味を持つのでしょう。小島先生はいかがでしょうか。

 

2-8.  健康経営は「管理職」を変えるのか

小島:そうですね。経営陣が健康経営を標ぼうしている会社と、そうでない会社とを比べた時に、管理職にとってどういう意味があるのでしょうか。

 会社が健康経営をやりますと掲げた時に、先ほど岡田先生も、管理職の非常に役割が大きいとおっしゃったんですが、管理職にとっては、会社が健康経営をやっているということは、どういう意味なんだろうかという辺りのことは、まだあまり言語化できてないような気がします。経営者としてはよく語られたりしますけど、一管理職にとってどういうことなんだろうかという点は、いかがでしょうか。

 

2-9.  健康経営は“採用戦略”になった

岡田:企業によっては、当初は経営者が健康経営にあまり関心を持っていなかったケースも少なくありませんでした。むしろ、管理職側から「健康経営に取り組んだほうがいいのではないでしょうか」と提案し、それをきっかけに経営が動いた企業もあります。

なぜかというと、少子高齢化が進む中で、企業が将来も成り立っていくためには、人材確保が極めて重要になるからです。先を見ている管理職の方々ほど、「このままでは将来的に大きなリスクになる」と感じていたんですね。

人事の採用部門も、「これから人が減っていく中で、どうやって人材を確保するのか」ということを非常に意識していました。

その中で、従来は“えるぼし認定”やなでしこ銘柄”のような女性活躍推進の取り組みが注目されてきましたが、「それだけで本当に十分なのか」という議論も出てきたわけです。

私も各地で講演をする中で、大学生の就職観について話を聞く機会がありました。例えば某県のある大学では、「就職先に求めるもの」として、1番目が給与、2番目が福利厚生、3番目がワークライフバランスでした。一方で、「自分のやりたい仕事ができるか」は、意外と下位に来ていたんですね。

そうすると、どうしても表面的な条件で企業を選ぶことになる。結果として、「思っていた仕事と違った」「職場になじめない」といった形で、1年も経たずに辞めてしまうケースも出てくる。企業側も適正配置ができず、ミスマッチが起きてしまうわけです。

そうした中で、経済産業省の調査では、「就職先を選ぶ際に健康経営を参考にする」という学生が6割程度いるという報告も出てきました。

 

2-10.  「会社に入って病気になりたくない」

背景には、ブラック企業の問題や、精神障害の労災請求件数の増加があります。令和5年、6年には3,000件を超える状況になっており、学生さんたちも「会社に入って病気になりたくない」という感覚を敏感に持ち始めているんですね。

そう考えると、健康経営に取り組んでいること自体が、「この会社は一定の安全性や法令順守を担保している」という一つの指標になってきている。

労働安全衛生法違反や労働基準監督署の行政指導があれば、健康経営優良法人には認定されませんから、「少なくとも法を守ることにはきちんと取り組んでいる会社なんだな」という安心感につながるわけです。

 

2-11.  健康経営は“採用の最低ライン”になりつつある

採用部門にとっても、これは非常に大きい。実際、中小企業の経営者の方々からも、「健康経営優良法人を取得してから、優秀な人材が来るようになった」という話を聞きます。

少し時間やコストをかけてでも、健康経営優良法人やさらにホワイト500やブライト500を取得することで、「この会社なら頑張れそうだ」と感じる若い人たちが増えてきているのではないかと思います。

つまり今は、健康経営に取り組んでいること自体が、企業の採用力や魅力に直結する時代になってきている。ある意味では、“採用のための最低ライン”になりつつあるのかもしれません。

そして、その流れは現場や管理職側からの“突き上げ”によって進んできた側面も大きいと思います。

 

2-12.  “事件が起きてから動く会社”でいいのか

実際、警察組織でも変化が起きています。小島先生もご存じだと思いますが、某県警事件では、警部補の自殺が問題となりました。その後、千葉県警では健康経営優良法人の認定を取得していますし、各警察本部でも、警察官の健康管理やヘルスケアへの取り組みが進み始めています。

私の関係する企業でも、ある県警から「職員全員のオーラルヘルスケアセットを作ってほしい」という依頼がありました。以前では考えられなかった動きです。

もちろん、本来は裁判や重大事案が起きる前に動くべきなんですが、現実には、そうした事例を契機に社会が変わってきた面があります。

ただ一方で、危険を先に察知して、早い段階から健康経営に取り組んできた企業もあります。

何か起きてから取り組むのか、それとも起きる前に取り組むのか。そこによって、企業価値には大きな差が出てくるのではないかと感じています。

 

<次回予告>
その「飲みに行こうか」は、本当に部下を救っているのか。
若手との価値観の違い、プレイングマネージャーの葛藤、人材育成にかける時間の確保――。
管理職を取り巻く環境が大きく変化する中で、従来の経験や常識だけでは通用しない場面が増えています。
第3回では、「部下を育てる上司、潰す上司」をテーマに、エンゲージメントを高める管理職の条件を掘り下げます。仕事を通じて信頼関係を築くとはどういうことか。
管理職の「1時間の投資」が、なぜ組織の未来を変えるのか。人材育成と健康経営の本質に迫ります。