【第1回】管理職は「評価する人」から「組織を守る人」へ

業績評価主義の導入により、管理職は成果を求められるプレイングマネジャーとして機能してきた。
一方で、部下の育成やメンタルヘルス対応まで担う存在へと、その役割は大きく拡大している。
健康経営の視点に立てば、管理職は単なる評価者ではなく、組織の生産性と従業員の健康を同時に守る中核的存在である。
だからこそ、時間投資や1on1を通じた関係構築を含め、管理職への教育と支援は、「コスト」ではなく「経営投資」として再定義する必要がある。 本稿では、この変化の本質を現場視点から読み解きます。
CONTENTS
01.管理職教育は、本当にメンタル不調を防げるのか
02.年の現場で見えてきた「企業の健康」の本質
03.企業はなぜ、いま管理職教育に本気で投資し始めたのか
04.成果主義が壊したもの―評価制度の“見えない副作用”
05.プレイングマネジャーの功罪
06.実は人事は知っている
07.管理職研修の開始とその成果
08.戦略は現場で崩れる
09.管理職の役割はどう変わったのか
10.健康経営の本質は“時間投資”にある
11.働き方は誰が決めているのか
12.健康経営の3ステップ
13.「なりたくない管理職」が増えている本当の理由
14.部下がついてくる管理職の共通点
01. 管理職教育は、本当にメンタル不調を防げるのか
彌冨:今回のテーマは「管理職教育はメンタルヘルス不調を防げるのか」です。NPO法人健康経営研究会理事長、岡田産業医事務所代表の岡田邦夫先生をお招きし、健康経営3.0時代における人事の設計責任、管理職の役割、管理職自身の健康、そして管理職を支える産業保健の意義について、お伺いしていきたいと思います。
02. 40年の現場で見えてきた「企業の健康」の本質
岡田:健康経営研究会の岡田でございます。2006年にNPO健康経営研究会を設立し、その後、健康経営の啓発として研修会などを開催してきました。私は40年間産業医として勤めてきましたが、一社に長年いることで、いろいろなことが見えてきました。昔、新入社員の健診で診ていた方が取締役や部長になられて、その方たちと話をする中で、企業の健康経営というものは非常に重要だと確信しました。特に阪神・淡路大震災を通じて、従業員と産業保健スタッフ、管理職の距離感が一気になくなったという体験がありました。普段からの健康や体力づくりを含めて、企業の体力をつけていくことが重要な基盤であると考えています。
03. 企業はなぜ、いま管理職教育に本気で投資し始めたのか
彌冨:管理職のメンタル不調やマネジメント不全を考える際に、管理職教育で伸ばせる部分と資質の部分について、どのように整理すべきでしょうか。
岡田:産業医の職務の一環として、管理職研修の講師を毎年担当しておりました。いろんな企業で管理職研修やっておりますけども、なぜ今、企業が急に管理職研修をやるようになったのかという点については、十分考えなければいけないところだと思います。
04. 成果主義が壊したもの―評価制度の“見えない副作用”
そしてもう一つの問題として、プレイングマネジャーが生まれたことです。
昔、大手の企業で業績評価主義というのを導入し、結果として管理職が部下の業績を評価し、そして給与、賞与を決める仕組みがありましたが、これが頓挫しました。なぜかというと、100の能力を持っている部下が、みんな70とか80というふうに申告をして、90できたから達成できたという形になり、結果として全員がクラスAになってしまったのです。その結果、日本の業績評価主義は頓挫してしまったというのが結末です。
これは管理職の方も同様で、例えば課長は部長に評価され、部長については経営者が評価します。日本では結果として業績評価主義を重視してきましたので、それ自体は重要ではありますが、その帰結としてとしてそれがプレイングマネジャーを生んでしまった。
05. プレイングマネジャーの功罪―「優秀な上司」が、なぜ部下を壊してしまうのか
したがって、経営とってプレイングマネジャーは非常に有効でありますが、今の時代、特に心の健康問題が発生した時に、このプレイングマネジャーという存在をどう考えるのかということ点は、経営の視点でしっかり検討していく必要があります。
私の経験談ですが、ある非常に優秀で業績も高いマネジャーがおられました。その方の部下は、大体2年を超えると相談に来て、「持ちません」」という状況になってしまうのです。優秀なマネジャーの下では、どう考えても2年持たないということを実感し、人事担当者と相談をしました。結論としてはは、そのような優秀なマネジャーのもとに新入社員を配置するのは難しい、それは心の健康を損なう可能性がある。また優秀なマネジャーの下には、2年以上は部下を置かないという方針とし、一定期間で異動させることにしました。すると、2年間で鍛えられた部下は、異動後に非常に高い能力を発揮できることがわかりました。
このように考えるとこのマネジャーは非常に優秀であり、決してつぶしてはいけない存在です。厳しく部下を育成するマネジャーについては、「パワハラで部下をつぶした」という見方だけではなく、企業にとって重要な戦力として捉える必要があります。そのためには、管理職を含めたマネジメントを適切に行うことが不可欠です。このような上司に対しては、どのように部下を育成させるかについて、人事として明確な方針を持つべきであると提案しました。
06. 実は人事は知っている――問題は「把握」ではなく「介入」
例えば、高ストレス職場を検討する際には、年に数回、人事部長、人事担当マネジャーと産業医でミーティングを行っていました。私が、どこの部署とは言いませんが「この部署で非常に高ストレス者が多い」とお伝えすると、人事部長はすぐに「あのマネージャーのもとですか」言われるのです。つまり、人事は全部把握してるということです。これには正直、驚きました。また副社長、人事部長、それから経営企画室長、そして健康管理担当の役職者と年に1回ほど情報交換会をしていました。そこで「最近こういう社員がいて、非常に大きなトラブルを起こしました。産業医としてこういう介入しました」とお話すると、「人事部長が「うんうん、あの人は過去にも問題があったな。」とすぐに応じられるのです。これには私は驚きまして、「そこまでご存じなのですか」とお伺いしたところ、「一応、一から十まで理解しているつもりです」というご回答でした。人事というのはそういうところをしっかり把握しているんだな、ということを感じました。
07. 管理職研修の開始とその成果
ということは、管理職をどう育てるかということが非常に重要であり、人事部長をはじめ、その上層の方々もよく理解されていました。その結果、何が始まったかというと、全管理職800人を対象とした研修を実施することになりました。ママネジャークラスは私が担当し、係長クラスとチーフクラスは私の部下が研修を担当することになりました。
その結果、メンタルヘルス不調者が減少し、さらに休職期間も短縮するという成果が得られました。つまり、早期に発見できるようになったということです。
08. 戦略は現場で崩れる―リーダーで決まる組織の成否
つまり社内のトラブルを未然に防ぐには、心理的安全性を確保すること、要は組織ごとにリーダーがどのように組織運営していくのかということが非常に重要であるということです。トップの戦略をいかにして末端まで伝えていくかという点については、日本の名著である『失敗の本質』を読んでいただくと明らかになります。
優秀な武将がいたとしても、地域のいわゆる指揮官が十分な知識と能力を持っていなければ、その戦略は全く意味のないものとなり、結果としてすべて負け戦になってしまう、ということが示されています。
これは企業においても全く同じであり、組織をよく理解している人が、部下の育成をきちんと行っていくことが不可欠なのです。
09. 管理職の役割はどう変わったのか
ところが、業績評価主義が導入されてから、急にわが国の状況はおかしくなってきたように思います。それまではQC活動など、いわゆるグループでクオリティーを高めていくことで、チームとして業績を上げていました。ハーバード大学の研究(ホーソン効果)などでも、企業においてどのようにすればエンゲージメントが高まるのかが示されていました。
しかし、日本の企業において業績評価主義が導入され、さらにパソコンが普及し始めた頃から、組織環境が急速に崩れ始めたという問題が出てきたのではないかと思います。
その結果、管理職の果たす役割は、単に利益を出すことだけではなく、部下の育成や、チームとしていかにパフォーマンスを高めていくかという点に、より重きが置かれるようになってきたのだと思います。
10. 健康経営の本質は“時間投資”にある
それともう一つは、管理職が1on1の面談をきちんとできるかどうかという能力、これが求められてきたということです。ここにしっかり時間を割けるかどうかが重要で、私は、健康投資とはすなわち時間投資であると考えています。
企業の成長と部下の心身の健康のために何が最も必要かというと、健康経営としての投資を行うことです。そして、そのベースになるのは時間である、と考えています。
11. 働き方は誰が決めているのか――管理職が握る“健康のハンドル”
その後、ランド研究所の研究報告において、日本は睡眠時間が短く、世界で最も経済的損失を負っている国であるということが発表されました。つまり、睡眠時間を削って仕事をすることは、労働生産性を低下させるだけでなく、心身の健康を損なうことになるという結果が示されています。では、これは誰が一番かじ取りをしているのかというと、管理職であると言えます。
つまり、管理職の役割は非常に大きく、アメリカでは、いわゆるボスとリーダーシップを持ったマネジャーの違いが明確に指摘されています。危険な船に部下と一緒に乗って出航するのか、それとも港で出航する船を岸壁から見て無線で指示を出すのか、この二つに分かれるという考え方です。
日本では業績評価主義が導入されて以降、部下を船で送り出し、自分は港で指示を出すタイプの管理職が増えてきた。一緒に船に乗る管理職が少なくなり、現場を見ず、部下の能力を十分に把握しないまま業務命令を出す上司が増えてきたと考えられます。こうした点は、裁判の中でも明らかにされてきているように思います。ここが最も大きな問題だと思います。
その結果、会社が敗訴するケースも見られ、さらに最近では、小島先生のご専門分野で私の専門ではございませんが、従来は民法で扱われていた問題に対して会社法が適用されるようになってきたことは、非常に大きな変化だと感じています。自殺などの問題に会社法が適用されるということは、経営トップがきちんと向き合うべき課題であると裁判所が認めたことを意味します。会社法第350条は社長自身の責任を認めるものですから、このように健康問題は、もはや組織の一部の問題ではなく、企業全体の問題へと広がってきているのだと思います。
12. 健康経営の3ステップ
健康経営1.0の考え方を解説するために、2015年(平成27年)に経団連出版から『健康経営推進ガイドブック』を出版しました。この中で私たちが何を示したのかというと、「3つのステップ」です。1つ目は、経営者が行う健康経営。2つ目は、管理職が行う健康経営。
そして3つ目は、最終的に従業員一人ひとりが、自らの健康を“経営の視点”で捉えるという、「働く人の健康経営」、つまりセルフケアの時代です。この3つのステップがこれから重要になる、ということを当時示しました。
まず私たちが提案したのは、経営者による健康経営でした。その後、健康経営2.0として、経営者と管理職が一体となって企業経営を支えていく姿勢の重要性を示しました。さらに昨年は健康経営3.0を発表し、従業員自らが主体となる健康経営、すなわちセルフケアの実践を提唱しています。そして、その流れの中で重要になるのが、管理職への教育と投資です。経営者と現場をつなぐ存在である管理職をしっかり育成し、そこにきちんと投資していくことが不可欠である、ということをお伝えしてきました。
13. 「なりたくない管理職」が増えている本当の理由
我が国の企業において、このように多くの問題が重なっている状況から、結果として管理職の資質が低下してきているのではないか、という結論が出てきています。背景には、業務の多様化が進み、管理職のやるべきことが大きく増えてきている現状があります。加えて、健康管理にも対応しなければならず、過重労働への対応やメンタルヘルスへの対応も求められるようになり、それらが非常に大きな負担となっていると言えます。
さて、こうした問題に対して産業保健スタッフがどのようにサポートしていくのか、その一つがストレスチェックです。このような経緯を踏まえると、人事部の管理職研修の場で「管理職になりたくない」という人が出てくるのも、ある意味当然のことかもしれません。
実際に、私も人事部長から相談を受けたことがあります。「私はヒラでいい」「退職するまでヒラでいい」という方や、管理職研修を拒否する方も出てきました。最終的には何とか説得して研修を受けてもらいましたが、「管理職研修を受けたからといって必ず管理職にするわけではない」ということを説明し、納得していただきました。
このように、管理職になりたくないという人は確実に増えてきています。つまり、管理職という役割に対して期待や魅力を感じられなくなってきている、ということなのでしょう。
14. 部下がついてくる管理職の共通点
それでは、日本の企業としては、このままでは将来が非常に危ういものになってしまいます。では、ここをどう変えていくのか。やはり、「自分もああいう管理職になりたい」と思えるような、夢を持てる職場をつくっていく必要があります。そのためには、管理職自身が元気であることが大前提です。
つまり結論としては、管理職がまず自分自身のセルフケアをきちんと行い、誰が見ても、部下が見ても「元気そうだ」と感じられる状態であることが重要です。例えば、テニスやマラソンを楽しんでいる、音楽が好きでいきいきしている――そうした姿を見せているマネジャーのもとであれば、部下も安心して働けるのではないか、と考えています。
もちろん、職務遂行能力の高さも欠かせません。その両立をどう実現していくのか――これを経営者がどう考えるのかが、まず私たちに突きつけられている問いです。そして、その解決方法の一つが「健康経営」である、という流れでご理解いただければと思います。
次回予告
なぜ中間管理職は“最も重要で最も報われない”のか
健康経営を推進するうえで、実行の要となるのは中間管理職である。しかし現実には、上からの圧力と現場対応の板挟みの中で負担が集中し、最も疲弊しやすい層でもある。なぜ中間管理職は重要でありながら報われにくいのか。その構造的課題と、健康経営の視点から見た支援のあり方について、次回さらに深く掘り下げる。