芸能従事者の労働安全衛生に関する現状と課題(全4回 第3回)

日時 令和5年11月29日 18時~20時10分
インタビュイー

森崎 めぐみ(俳優)
一般社団法人日本芸能従事者協会 代表理事
全国芸能従事者労災保険センター 理事長
文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」委員
インタビュアー 小島 健一(鳥飼総合法律事務所 パートナー弁護士)
森 晃爾(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授)
岡田 睦美(富士通・日本産業保健師会会長)
彌冨 美奈子(株式会社SUMCO 全社産業医)

芸能従事者の労働安全衛生に関する現状と課題(全4回)の第3回として、マスコミをにぎわしているハラスメント、SNSでの誹謗中傷とメンタルへの影響などの問題から、一方あまり知られていないコロナ渦でのワクチン接種、芸能業界におけるAIの影響、トラックドライバーの2024年問題など芸能従事者の安全衛生上の個々の課題について、森崎様にお伺いしました。今回多くの課題についてお話いただきましたので、第3回目は森崎様のインタビューをメインとし、第4回目では、森崎様のインタビューを受けて後日広報委員の4名がディスカッションする構成にしています。

≪日本産業保健法学会 広報誌「喧々諤々」インタビュー≫
日時   令和5年11月29日 18時~20時10分
テーマ  芸能従事者の労働安全衛生に関する現状と課題(全4回 第3回 感染症、AIからハラスメントまで 芸能業界の様々な課題)

インタビュイー

森崎 めぐみ(俳優)
一般社団法人日本芸能従事者協会 代表理事  
全国芸能従事者労災保険センター 理事長
文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」委員

インタビュアー

小島 健一
(鳥飼総合法律事務所 パートナー弁護士)
森 晃爾
(産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授)
岡田 睦美
(富士通・ 日本産業保健師会会長)
彌冨 美奈子
(株式会社SUMCO 全社産業医)

第3回は、「感染症、AIからハラスメントまで 芸能業界の様々な課題」と題して下記を話題としています。

《インタビュー》

<3-1 芸能従事者協会の役割>

小島 芸能従事者協会の活動で本当に驚いたのが、産業医を選任されて、心理カウンセリングも提供されていることです。あれは本当にすごいと思います。

森崎 ありがとうございます。嬉しいです!

小島 私はけっこう以前から、労働組合が産業医のような医師を雇って、組合員のために相談や色々なサポートをすればいいのにと思っており、ストレスチェックも労働組合が請け負えばいいのにとも思っていたのですが、なかなかそういう動きはなかったので、森崎さんのところの取組みは素晴らしいと思いました。そもそもどのあたりからそのアイデアは出てきたのでしょうか。

森崎 カナダの ACTRA(Alliance of Canadian Cinema, Television and Radio Artists)という俳優組合があり、そこは4~6万人位の組合員がいると言われているのですが、保険会社を併設しています。俳優のメンタルヘルスに非常に熱心で、そこに私が目指しているモデルケースがあります。

 まず、「あまりにもケガが多い、あまりにも事故が多い、あまりにもみんなメンタルを病んでいる」ことを何とかしないと、いつまでも自殺が止まらない、社会的に申しわけが立たたない状況なのに、どうしても放置されがちに感じます。私たちは労災保険の特別加入団体をいちばん最初に設立しましたが、加入者はかなり「安全好き」な人たちが集まっているようで、どうやら事故が少ない感触を持っているのです。私たちの団体に集まっている人たちは安全に向かうことにまったく反対しないと言いますか、非常に興味を持ってくれていますので、提案したらスンナリ賛成してくれて実現できました。

 

<3-2 芸能従事者の健康上の課題>

森崎 それから医療関係の方々に、もし興味をお持ちでしたら、実態などをお伝えするセミナーを開催する予定ですから聴いていただきたいです。私たちがどれだけ長い間、健康についての課題を放置していたことか・・・例えば健康診断を受けていないという人が35.5%です。一体どうやって救っていくかを一緒に考えていただけると嬉しいです。

小島 健康保険には入っているのですか。

森崎 はい、最低限、国民健康保険には入っています。

小島 国保ですと手紙は来るけれども行かないということになりがちですね。

森崎 年に一度のチャンスしかない健康診断はなかなか受けられないです。日時と場所を指定された案内は届くのですが、その期間が相当短いです。

小島 自治体によって違うのかもしれませんが、強制力もほぼないし、せめて健康診断だけでもやってセルフチェックをする必要がありますね。

森崎 必要だと思います。40代で突然死する人も出てきています。健康診断さえ受けていれば、と思うケースが非常に多くて残念な限りです。厚労省の「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」で、1年以上続けて業務委託しているフリーランスを対象に健康診断の支援をする案が出されていますが、芸能業界ではそんなに長期間の仕事はほとんどないです。労災が少なからず起きている業界なので、企業などにお金を出していただいて、例えばクランクイン前にテレビ局で健康診断が受けられるようにしていただけるとありがたいです。

小島 職場の近いところでやってもらったり、仕事の中に組み入れられたりしないと、行かれませんよね。

森崎 行けません。とくに長時間労働をしていると時間がなさ過ぎてとても無理です。

 

<3-3 芸能従事者の感染症の課題 -コロナ渦を経て->

 新型コロナワクチンの接種率は、どのくらいの企業規模で働いているかがけっこう影響しているのですが、個人事業者は接種率が非常に低いようです。いくらただだと言っても、あのように副反応が強いワクチンを打つと、それで何日間か休まなければいけなくなることへの恐怖感が相当にあったのではないかと思っているのです。おそらく芸能従事者協会の人たちは、打ったとしても接種率は相当に低かったのではないかと想像しますが、何か情報はありますか。

森崎 低いと思います。私たちはコロナ禍で頻繁にアンケートを取っていました。なるべく接種したくないという声が多かったです。理由はおっしゃるとおりで、フリーランスにはコロナ休暇がないところ、ワクチンを打つと副反応でしばらく休まなければいけないため仕事の約束ができなくなるから、ただでさえ感染防止のため仕事が少ないのに、働くことができないのは生活が圧迫されると多くの方が考えていたと思います。

小島 撮影現場の安全確保という意味でやろうということにはならないのでしょうか。みなさん集まって撮影をし始めましたが。

森崎 感染者がいると撮影や公演をストップするルールがあったためPCRは厳格に実施していましたが、ワクチンは例えばレギュラー出演をする時には接種してくださいと義務にはなっていないことが多かったと思います。

当初はPCR検査も自己負担で相当な出費でした。 

それから身体が弱まることを懸念する方も少なからずいらっしゃいました。コロナで亡くなった芸能従事者でワクチンを打っていなかった人もいらっしゃると言われています。

小島 ワクチンについては有害だとか陰謀論のようなものもありましたから、個人でネット情報などを見ていると懐疑的な人もけっこう少なくなかったと思います。不安もあるでしょうし。

森崎 コロナの関係は本当に切実でしたね。画面共有をします。

これがコロナ禍のアンケートです。

(「舞台芸術に携わる全ての人のコロナ第7波の影響に関するアンケート」4p )(PDF)

PCRの負担率ですが、これが非常に高いのです。「20万円未満」が6.9%、「20万円以上」が2.9%で、キャスティングされるたびにPCR検査を自己負担でしなければならないので、相当高額になります。撮影や公演の初日に1人でも陽性になると中止や延期になってしまうので、どんどん仕事ができなくなって個人も団体も赤字が非常に多くなりました。

助成金もコロナで中止になった場合は、採択されていても支払われない制度になっていて使えない方が多かったです。

小島 助成金というのは何の助成金ですか。

森崎 コロナ禍で文化芸術分野を対象にAFF(ARTS for the future!:コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業)やJ-LODlive(コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金)(経産省)、「アートにエールを!」(東京都ほか地方自治体)などがありました。

小島 コロナ対策の芸能分野への補助金ですか。

森崎 そうです。フリーランス個人を対象にした継続支援事業(文化庁)があったのですが、それは1回でなくなってしまって、結局、発注側の興業主にでるようになったのがAFFで、その2まで出たのですが.会社でなければ応募できない制度だったので、この助成金をきっかけに会社を作った人もいました。

 この頃のアンケートは読むだけで病んでしまいそうと言われたほど、自由記述が「虚無」「死にたい」など絶望の言葉で溢れていました。特に公演が中止・延期になった時の思いに、「やり場のない怒りと喪失感」「中止のたびに背負いきれない借金を被って家族もろとも生活できない」「自粛するなら補償を」「不要不急と言われて辛い」という切羽詰まって限界を超えた声が多かったです。

 

<3-4 芸能従事者協会が実施しているアンケート調査>

小島 ホームページでアンケートの結果を公表されているのですか。

森崎 はい、公表しています。

小島 実名など、危ないものは伏せつつ、大丈夫な範囲で出されているのですね。

森崎 はい。固有名詞や個人が特定される内容を改編するなどスクリーニングしています。SOSレベルのものも書き込まれますが、こういうことをまったく言う場がなかったのですが、ハラスメントに続いてコロナのアンケートでだいぶ声をあげられるようになってきたと思います。

小島 アンケートの力はすごいですね。

森崎 すごいです。今はありがたいことに厚労省が芸術・芸能分野の過労死白書の調査をしています。

彌冨 例えば過重労働のアンケートはどういうところに回答をご依頼されるのですか?

森崎 私どもの団体会員の方々などに声がけをしています。

彌冨 一般に広くというよりは、芸能業界の実態を反映するように広く呼びかける協力のお願いをなさっているのでしょうか。

森崎 資格制度がある業界ではないので、基本的に職能団体に属している方はプロフェッショナルの仕事をしているとみなして専門性の担保をしています。

小島 アンケートを取ることによって自分たち自身を認識することができるようになるのですね。「ああ、他の人もそうだったのか」とか、客観状況として「こんなにひどいのだ」ということが分り、それを世間にも発表していくという、重要な機能を果たしているような気がします。

森崎 私たちの協会では、AIや誹謗中傷などのその時々に必要なものと、定点観測が必要な労災と安全衛生のアンケートを実施しつつ、3年目になる厚労省の過労死白書への協力をしています。フリーランスはあらゆる意味で幅が広いので、ターゲットが違うと全然違う結果が出てくると思います。とくに芸能関係の仕事は永続的に同じメンバーで仕事をしないので、横につながらないため、なかなかアンケートも取りづらいのですが、同時期に関心を持ったトピックであれば回答が集まる感触があります。

小島 まずは自分たちの置かれている状況が見える化されることが、第一歩ですね。

 

<3-5 制作現場の過重労働の実態>

森崎 おっしゃる通り、そう思って頑張っています。自分たち同士でもわからないのです。横にいる人の待遇や収入とか知るよしもありませんでした。今は宝塚歌劇団の卒業生が外部漏らしが禁止だったと言っていますが、私も最初に現場に出た時に挨拶以外禁止と言われました。だから友だちができずに相談できる仲間ができません。アンケートにも恐くて回答できませんでした。私たちの労務管理をする人がいないので、自分たちが一般の人に比べて健全に働けているのかどうかも判断できないと思います。

 日本映画制作適正化機構が当初経産省が策定した報告書をもとに設立されたのですが、そこのガイドラインは労働時間の上限が13時間になっています。しかも移動や準備を除いてです。すでに過労死ラインなのに、それまでの長時間労働よりはまだマシで、13時間にするのも相当な長い話し合いがあったそうですが、会社を持ってスタッフを雇用している人は労基法違反になるので困っていらっしゃいます。

小島 それは日本映画制作適正化機構で働いている人の話しですか。

森崎 この機構にあるスタッフセンターに所属するスタッフさんへのルールですが、映画業界一般に影響します。

小島 映画制作現場ですか。

森崎 はい、映画に限らずテレビや配信番組を含む映像の制作現場は長時間労働が常態化しています。

小島 それが本当に必要な仕事なのかということで、自動化できる業務はないのでしょうか。

森崎 簡単に自動化は難しいと思います。数十種類ある業種が一堂に会して撮影する仕事で、監督、カメラ、照明、録音、俳優、メイク、衣装等などそれぞれが必要不可欠ではありますが、機械の進歩によって照明器具やカメラやマイクが軽量化されるなど時代とともに改善されています。AIが出てきたからといって、全部AIに任せれば良いと言うものでもありません。しかしテレビで放送するコンテンツの本数や上映する映画の本数を制限しない限り、制作現場は変わりません。夜中以外はコンテンツが見られる状況を維持するために新作を作るのは限界があります。現場の人は、昔みたいにテレビの番組表に穴ぼこがあって画面に砂嵐が流れる時間があってもいいではないか、と言っているのですが、放送業者は何とか番組で埋めないとスポンサーがつかないなどの都合や現場とのコミュニケーション不足で安全が後回しになりがちで、結局誰もわけがわからずに何が何でもコンテンツを作らなければならなくなっているという感じに見受けられます。

小島 この芸能従事者協会の活動によって、様々な職種がピックアップされていき、そういう職種がどういう働き方をしているのかが分るだけでも大変な貴重なことですね。

森崎 ありがとうございます。よく労働局から問い合わせがあって、この仕事は何ですかと質問されます。字面からは仕事の内容がわからないのでしょう。

彌冨 本日伺っただけでも本当に勉強になりましたので、もっと多くの方に広く理解していただくことも必要だと思います。

森崎 ありがとうございます。

 

<3-6 AIやドライバー労働時間規制等の影響>

小島 本当はITとかAIを活用して、人間がやらなくてもいいことはたくさんあると思うのですが、典型的な労働集約産業ではないですか。

森崎 おっしゃるとおりです。汚い仕事、辛い仕事、過酷な仕事があるので、その部分をAIにやってほしいのに、表舞台とかきれいなところばかりをAIがやろうとしているように感じます。

岡田 そうですね、ソプラノ歌手がAIだった話をききました。生演奏がはじまって、ソプラノ歌手がAIだったというのには本当にびっくりしました。

森崎 そうですね、どうしてそうなってしまうのでしょうか。みんな「そのうち飽きてくれるといいな」と言っています。

小島 私もそう思います。また一時的なブームで終わるかもしれません。

森崎 そうですね。

小島 ただ、本当に業界が破壊されてしまって、跡を継ぐ人たちがいなくなってしまうのがいちばん恐いと思います。

森崎 ドライバー問題が非常に深刻なのですが、今ですらドライバーさんが少ないです。

小島 ドライバーさんというのは?

森崎 芸能界のドライバーさんです。たとえば演劇の地方巡演やコンサートの全国ツアーでは舞台のセットや大道具を運んだり、放送局のテレビに映る背景などはトラックで運搬されます。

私どもは2024年度から始まるドライバー労働時間規制の勉強会を開催してアンケートも実施しましたが、まだこの規制を知らない人が半分もいます。とくに発注側が知りません。もともとドライバーに無理をさせているのに、コロナによる減収を挽回しようと仕事を増やしているのです。

 規制を守るためにはおそらく工程を1日増やす、あるいはドライバーを1人増やす必要があるのですが、未だに対策をとれていないのです。そういう状況なので国交省と厚労省にご協力いただいて勉強会を開催しました。日経新聞や朝日新聞が記事を掲載してくださったり、周知を進めているのですが、危機感が足りません。

芸能業界の運搬作業には特殊性があるためドライバーさんは古くから車両部と呼ばれる貴重な職人さんです。たとえば舞台のセットなどを運ぶにはコツが必要で、センシティブな材料で出来ていたり、昔から決まった長さの入れ物があるので積荷に順序があります。一緒に作業をする大道具さんもそのコツを熟知していて、私たち俳優も化粧道具や衣装を出す方法やタイミングにルールがあるなど、多岐にわたるパートが阿吽の呼吸で順序よく荷作りをする習慣があるので、ふらりと外部の方が来てすぐに手伝えるようなものではありません。

小島 家には帰らず、旅を転々と一緒にしているような感じなのですね。ドライバーの労働時間規制の問題がそこにまであるというのは驚きました。

森崎 役者を運んでいるロケバスは旅客になるらしいのですが、舞台装置や大道具や大規模な照明などは2トントラックなのです。それから器材があるのは音響、照明、道具などですが、さらに木を植えたりする植栽などは大型トラックです。それが5、6台ぐらいで、ロケのたびに移動していく。グルグルとトラックで動いているのです。

 

<3-7 芸能従事者協会のヘルスリテラシーへの取り組み>

彌冨 芸能従事者協会のホームページを拝見すると、芸能従事者のヘルスリテラシーを高める取り組みを行われているようですが、もしよろしければ詳しくお話しいただけたらと思いますが、いかがでしょうか。

森崎 ありがたい質問です。おっしゃる通りです。表現者ですから、自分の身体がまさに仕事の道具と言いますか、「きれいでいないといけない」「おもしろくないといけない」などや、スタッフの方などでしたら「1秒でも長く動いていないといけない」というように身体を酷使せざるを得ないので、ヘルスリテラシーが非常に重要だと思います。

 私は共演したことがある方のうち4人も自殺をされています。身体は鍛えるけれどメンタルケアはほとんどの人がしていません。当協会のアンケートでカウンセリングの受診率は23.1%です。人一倍感覚が優れているのに自分のケアをしていない気がします。(一般社団法人日本芸能従事者協会「労災と安全衛生に関するアンケート2023」)

原因の一つに考えられるのは、今回の芸術・芸能分野の過労死白書にある通り、ウェルビーイングがありすぎることです。お金を十分にもらえなくても仕事をするという人が非常に多く、お金は十分にあっても仕事を続けるとか、他の分野ではあり得ない幸福度の高さです。やりがいが過度にあるから生活や自分自身を犠牲にしてでも不利益な仕事を受けてしまいやすいと思います。

 

<3-8 ハラスメントとインティマシー・コーディネーター>

小島 セクハラやハラスメントにもつながっていくことだと思うのです。完全なプライベートスペースでそういうことが起きることもあるでしょうが、まさにみんなが見ているところで堂々と、どこまでが演技なのかが分らないような、表向きは仕事のようでいて、そこに乗じてやる人もいるでしょうし、またそれで笑いを取ることもあるでしょう。そういう時にまじめに対応したら「ナニッ?このヒト」となってしまうかもしれません。ですから大変難しい。たしか、「濡れ場」について、きちんとした説明を受けて本人が同意をしてやるというのは、海外ではそこにプロの方がいるということを聞きました。そろそろ日本でもそれを採り入れるように聞いているものの、そういうことが非常に遅れていたと思うのです。実際のところ、どうなのですか。

森崎 インティマシー・コーディネーターのことだと思うのですが、それもアメリカの俳優組合のSAG-AFTRAが作ったもので、私は、それを発案したと発表した時の国際会議に出ていて、すぐに日本にも導入しようと思ったのですが、反発があってなかなか入れられませんでした。いま日本に2人いらっしゃいますが、育成するのも費用や時間がかかるため、増えていないのが現状です。私どもでもインティマシー・コーディネーターをお招きして勉強会をしています。おっしゃる通り、センシティブなシーンの同意は第三者が入らないと難しいと思います。

欧米では、基本はオーディションシステムで、自分がやりたい役のオーディションを受けに行きます。したがってやりたくない仕事をする確率は少ないと思います。しかし日本はシステムが違うので「やらなければいけないからやる」とか、「実はやりたくなかった」ということでいつまでも悶々と悩んでいるとか、同意が何なのか、わからなくなりがちかもしれません。

小島 その後は、どういうように映っているかとか、どういうように使われているかのチェックはさせてもらえないでしょうか。

森崎 基本的に編集権は監督やカメラマンにある場合が多いです。

小島 制作する側はそこで自由にやりたいということでしょうね。

森崎 そうだと思います。素材として被写体を自由に使える方がやりやすいでしょうから。

小島 しかし本当に恐い話しですね。

森崎 病んでしまうことが多いのが実情だと思います。

小さな対策ですが、こういった状況の改善のために

 「触ってほしくないチェックリスト」というものを作りました。表現する仕事ではプライベートな理由で「ここは触らないでください。」「見ないでください」「映さないでください」などと言いづらくて、本心は嫌でも我慢してしまうことが多いです。そうして無理をして結局は自分を傷つけてしまうことが多い人たちなのです。過労死調査でも「恥ずかしいと思うほど身体の露出をさせられた」という設問には男性の回答も多く、「羞恥心を感じる性的な実演をしなければならない」などセクハラ関連の出来事の経験者はメンタルヘルスが悪化していると解釈されました。

欧州のバレエではリハーサルの前に言葉で伝えるそうですが、それすら日本ではできなそうなので、紙に書いて伝えられるシートを作った次第です。これを活用して何とか自分の心を守ってみることも覚えていただきたいと願思っています。

「触ってほしくないチェックリスト」(PDF)

自分の自戒でもあるのですが。

<3-9 SNS等による誹謗中傷とメンタルへの影響>

小島 今はネットでの誹謗中傷もかなりメンタルを傷つけますね。けっこう話題だと思うのですが、絶対に見ない、読まないという人とやたらにチェックする人に分かれていると聞くのですが。

森崎 誹謗中傷は本当に洒落になりません。相当な被害内容が自由記述にあるのですが、インターネット上で殺人予告をされた例や、週に1回以上誹謗中傷されている人が11%で、「誹謗中傷された後に自殺を考えた」という人が18%います。

小島 今の若い人たちの間では、アイドルがメジャーとして売り出される前に見ている人たちが投げ銭するネットメディアのようなものがありますが。

岡田 ありますね、ミクチャ(Mix Channel)というものです。ライブ配信してそこで投げ銭をしてもらい、それでリアルにランキングが上がっていく。見ているとすごいですね。

小島 普通の世界では、カスタマーハラスメントに対して事業主として労働者を守ってあげなくてはいけないと明記されましたが、まさに外の世界の人たちの言葉の暴力にさらされるのですね。

森崎 おっしゃる通り、芸能界でカスタマーハラスメントが定義されていませんが、誹謗中傷は該当すると私は考えています。

タレントの公式SNSなどでも個人管理している方が多いので、仕事の1部と言えると思いますが、24時間体制で対応しなければならなくなってしまいます。

 YouTubeでは契約に基づいた収益が明確で、だんだんYouTubeに才能が流れていっている感じがします。YouTuberは全国芸能従事者労災保険センターに入れないのですかという問い合わせが多いですが、入れないのです。

小島 入れないといいうのは、労災の特別加入にはなれないということですか。

森崎 そうなんです。

小島 なぜですか。

森崎 芸能の仕事に該当しないという考え方なのか、あるいは総務省の管轄になってしまうということなのでしょうか。

小島 よく分らないですね。

 

<3-10 最後に――芸能従事者の安全と衛生を守るために活動を続ける>

彌冨 今日は長時間にわたりありがとうございました。芸能業界の労働安全衛生に関わる話しを聴かせていただき、大変勉強になりました。芸能従事者の「Decent Work」(働きがいのある人間らしい仕事)の実現には、まだまだ長い道のりがあると感じました。その中で森崎さんが声を上げ、芸能従事者協会を通じて様々な活動に取り組んでおられることがよく分かりました。しかし、この道を森崎さん一人で切り開き、全てを背負って努力するのではなく、今後は体制の整備と推進が重要な課題となると考えます。

今日は本当にありがとうございました。

森崎 ありがとうございました。今後もご支援をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

小島 ありがとうございます。

(芸能従事者の労働安全衛生に関する現状と課題 第4回に続く)