人事労務座談会「退職代行について」

≪日本産業法学会 広報委員会≫人事労務座談会「退職代行について」


日時   2024年5月9日(木)10時~11時40分
テーマ  人事労務座談会「退職代行について」

参加者

ゲストスピーカー: 小澤 亜季子 先生
(センチュリー法律事務所 弁護士)



司会: 森本 英樹
(森本産業医事務所 産業医・社会保険労務士・公認心理師)

報道等で目にする「退職代行」、労働者の辞める権利は法的に保障されているはずなのに、なぜ代行が必要なのでしょうか。今回は、「退職代行 ₋「辞める」を許さない職場の真実-(SB新書)」の作者でもあり、実際に退職代行のサービスを提供されている小澤亜季子弁護士をゲストにお招きして、「退職代行について」というテーマで意見交換を行いました。

■ 退職代行に到るまで
■ 退職代行を利用される労働者像
■ 退職代行を活用してでも退職したいと思われる会社像
■ ハラスメント、長時間労働の労災レベルでの対応
■ 相談者の希望と現実
■ 会社とのコミュニケーション謝絶の目的で活用される退職代行
■ 退職代行を通じての会社と本人の変化
■ 退職代行とその他の手段との違い
■ 相談にくる最適なタイミング
■ 柔軟な働き方
■ キャリア形成
■ 当人と会社との間に立つ社員
■ 相談されて把握した問題等を組織改善につなげるために会社への情報の伝え方
■ ブラック企業を取り巻く背景事情
■ 退職勧奨

 

<自己紹介>

熊井 それでは皆さまから自己紹介をお願いします

森本 森本です。このたびは小澤先生には企画を引き受けていただきありがとうございます。私は森本産業医事務所という産業医専業の事務所を開業していて、基本的には産業医が本業なのですが、社労士とか公認心理師という資格を持っているので、そちらの知識も活かしながら日々の業務をしている次第です。本日はどうぞよろしくお願いします。

小島 弁護士の小島です。鳥飼総合法律事務所という税務で有名な事務所ですが、私はもともと牛島総合法律事務所という渉外系の事務所で20数年余やらせていただいていて、外資系の企業のお客さんもかなり多く、人事労務のことを中心にずっとやってきました。裁判をやる時には徹底的に闘いますが、裁判にさせないで終らせる方が経営のためになるので、普段はコンサルティング的な予防法務と言いますか、もめごとが今起きている、起きつつあるというところをお客さんに寄り添って、私は前に出ないでお客さん自身が解決していくことを支援しています。労働側は原則あまりやらないのですが、悪質な経営で酷い目に遭っている人を救うようなことは前から結構やっており、実は裁判所に行くのは労働側で行くことの方が多いくらいです。最近も、経営から本当に酷い仕打ちで追い詰められている局面で、「もう辞めたい、もう逃げたい」と「それでは負けだ、そういう辞め方はしたくない」という葛藤の渦中にある個人のお客さんに向き合っていました。そういうことで、本日は非常に楽しみにしています。

彌冨 株式会社SUMCO 全社産業医の彌冨です。よろしくお願いします。以前は大学病院に勤めていたのですが、もともと産業医学に興味があり、大学院で産業医学の勉強をした後、社名は変ったのですが、同じ企業で20数年間産業医をしています。
 長く産業医をしていると健康問題を通じて社員さんに相談されることも多く、その中で、退職も考えているというご相談をされることもあります。私の役割として、会社の中でしっかりと話を聞いてくれる人がいるということを社員の皆さんに分かっていただくことと、社員が社内で相談できないと思っていることを聞きしながら、必要な相談先を少し拡げていくようサポートしています。
 今回の座談会を非常に楽しみにしていましたので、どうぞよろしくお願いします。

岡田 富士通株式会社で保健師をしている岡田と申します。ご存じのように大きな企業で社員は国内で8万人、保健師は130人が全国に配置されています。その総括をしています。
 原因は様々ですが、仕事に適応できないとか、退職したい、職場の雰囲気が合わない、というような相談を受けることも多く産業医の先生や心理職の方たちと相談しながら対応しているのですが、非常に難しいといつも思っています。
 先生の著書も読ませていただき、退職代行というサービスについて知り、こうしてお話できる機会をいただきありがとうございます。
 時代の変化とともに気軽に転職できる時代になっているような気がします。今回は色々とお話が聞けたらいいなと思っています。
 産業保健法学会に関しては、広報委員になって日も浅く不慣れな部分もありますがどうぞよろしくお願いします。

熊井 社労士の熊井と申します。日頃はハラスメントの第三者調査をしています。私は企業の人事が長かったので、エグジットインタビュー(退職面談)を含め、退職手続2,000人は担当したと思います。退職の現場にいすぎて、私はニュートラルな立場ではないので、ぜひ皆さんに質問をしていただき、その上で私も何か聞きたいことがあれば質問させていただこうと思っています。

このあとは森本先生にマイクを移して、小澤先生とのお話を進めていただければと思います。よろしくお願いします。

森本 まずは小澤先生に自己紹介していただくと言いますか、今までのお仕事について伺いたいと思います。

2012年に弁護士登録をされて、退職代行をスタートさせたのが2018年です。一時期は行政にもおられました。「退職代行」など著書にはそのあたりの経緯も書かれていますが、著書を読んでいない方もこのインタビューを見ると思いますので、まずは退職代行の仕事をするに到った経緯や思い、考えを教えていただけますでしょうか。

<退職代行に到るまで>

小澤 改めまして弁護士の小澤と申します。本日はこうした機会をいただき、誠にありがとうございます。簡単に自己紹介をさせていただければと思います。今、森本先生にご紹介いただきましたように2012年に弁護士登録をしたので、まだ12年目で、若輩者で恐縮です。弁護士の資格を取ったあとに今勤めているセンチュリー法律事務所に就職して、そこの事務所が事業再生、M&Aなどを主力業務とするいわゆるブティック事務所(※特定分野に対する専門性の高さを強みとする事務所のこと)でしたので、入ってから多くの時間をそういう業務、あとは顧問業務と言うのでしょうか、会社様をお客様にしたお仕事をしてまいりました。

 途中で子どもを産んで少しお休みをして戻ってきたのが2018年でしたが、昼食を取りながらヤフーニュースを見ていたら退職代行の記事を見て、当時はその代行業者は5万円で退職代行を請けているという記事を見て、正直に言って非常に驚きました。

 それまでは企業側で、人を辞めさせるというのは非常に大変なのですが、辞めるのは法律的にはそうハードルがあるものではないと考えていましたから、そこに5万円払うというニーズがあるのだということに衝撃でした。

 このニュースは衝撃だったのですが、他方では「ああそうかもな」と思う自分もいました。と言いますのは私には4歳下の弟がいて、弟は新卒で入社した半年ぐらいで突然死をしてしまったのです。本当は見てはいけないのですが、亡くなった際に弟の携帯を見てしまいまして、検索履歴に「会社を辞めたい」とか「会社の辞め方」というのが残っていたのです。私もまったくそういうことに気がつかず「辞めたかった」のだとその時に初めて知ってしまいました。私は弁護士なのでそんなに辞めたかったのなら辞めさせられたのにと思い、その記事を見た時に弟のように辞めたくても辞められないで悩んでいる人はいるのだなと思い、そういう人にとってはこういうサービスは必要なのだろうと思いました。

 これはまさに弁護士がやることだとその時に思い、それならやろうと思い、ホームページを立ち上げて、どちらかと言えば企業側の事務所ですから、ボスにこういうことをやってもいいですかと聞きましたら、ボスも弟のことを知っていましたから「個人でやるならいい」と言ってくれて、それで始めました。そういうきっかけで退職代行を始めました。

 変な経歴なのですが、途中で官公庁の方に2年間、任期付き公務員として出向していて、カジノ管理委員会という内閣府の外局に行っていました。ギャンブル依存症の関係の依存対策に関するルールメイキングなどをしていて、任期が満了したので事務所に戻り、退職代行も引き続きやっているという状況です。

 長くなりましたが、今日はどうぞよろしくお願いします。

森本 法律上の話で言いますと、労働者側が申し出れば2週間で退職できる、ということが前提としてあります。もちろんそれぞれの会社の就業規則があり、1か月前に申し出するように規定されているようなこともありますが、一方で裁判例では就業規則ではあまりにも長い期間になっていたらそれは無効だということもありますので、やはり法律の2週間で退職できるというのが原則です。

 最近は「辞めたい」と検索をかければ2週間で辞められるということは書かれているので、やはり法的な知識が不足していて退職できないと言うよりは心理的な抵抗感があり、辞めたいのになかなか言い出せない、辞められないというものが多いのではないかと思っています。

 その辺りについて、依頼者がどのような形で小澤先生の事務所の門を叩くのかを教えてください。

 

<退職代行を利用される労働者像>

小澤 今、森本先生が言われたように、「知識がない・知らない」、法律的には簡単に辞められることを知らないという方はほぼいないです。始めたのは2018年で、当時は若干いらっしゃいましたが、今はそういう方はいないです。当時は同業の先生に情報弱者ビジネスだと怒られたこともあったのですが、私としてはそういうことではないのだと考えています。どういう方がいらっしゃるかのタイプ分けをするのが難しいですが、私の退職代行サービス提供者としての特性があるということを踏まえてお話しできればと思います。

現在、退職代行をやっているのは色々な業者があって、弁護士もいれば非弁業者、労働組合さんもいる、そういう中で私は弁護士なので、お客様から見ると若干ハードルが高い。自分で言うのも変なのですが、非弁業者の方などと較べるとお値段も高い。そういう前提を置いた上ですが、私のお客様は正社員対非正規社員の割合で言えば3対1ぐらいと、圧倒的に正社員の方が多いです。男性と女性の比率で言いましたら2対1で、男性が多い。正社員の方が多いからということもあるかもしれません。

企業規模ですが、その方がお勤めになっている企業規模は圧倒的に中小企業が多いかと言いましたらそうでもなくて、千人超の会社に在籍していた方も2割強おられます。もしかしたら退職代行と言いますと中小劣悪なブラックから逃げ出すというイメージがあるかもしれませんが、私のお客様に限っては、必ずしもそうでもないのが現状です。

年齢ですが、先ほど岡田先生から若い方というお話もあり、若い人が利用するサービスなのではないかという印象を持たれやすいと思います。年齢に関してももちろん20代、30代の方は多いのですが、40代以上の方も3割弱いらっしゃいます。したがってもしかしたら、退職代行を利用する人というイメージと実際は少し異なるかもしれません。

あとは中身と言いますか、あえてタイプ分けしますと、まずは積極的に選択すると言いますか、自分でも退職しようとすればできるのですが、たとえばコスパやタイムパフォーマンスという観点からでしょうか、言ってみれば家事代行というようなものと同じ感覚なのかもしれませんが、逆に使うことにはそう抵抗感はなく、積極的にお使いになるという方も多少いらっしゃいます。ただこういう方は少なく、分かりやすいのは会社が彼や彼女にとってブラックで、そうしたまともではない会社には、こちらもそれなりの手に出るという応戦タイプと言ったらいいのかもしれませんが、応戦型です。

あとはそうしたまともではない会社や上司から自分を守るという、自己防衛と言いますか、そういう方です。それから現状打破と言うのでしょうか、辞めたいと言っているのにパワハラをされるわけではないのですが、ズルズルと引き延ばしをされていて、そういう現状を打破したいということでご利用になられる方がいます。

あえて分けるとすればこういう形になると思います。

森本 ちなみに次の会社が決まっている人、決まっていない人はどの程度なのでしょうか。

小澤 どちらもいらっしゃいます。数えたことはないのですが、決まっていない方の方が多いような感じがします。

森本 ということは、まずは何が何でも今の会社を辞めることに注力したいという方が多いのでしょうか。

小澤 そうですね、まずは辞めたいということかと思います。

 

<退職代行を活用してでも退職したいと思われる会社像>

森本 1000人からの会社規模のところでは、そこまでラフなことはしていないのかなと思いますので、話を伺うまでは退職代行を使う労働者というのはブラックな会社からなんとか逃げ出そうというイメージが強いのかなと思っていました。色々と幅があると思いますが、こういう会社が多いというようなことをご紹介いただければと思います。

小澤 分かりやすいところで言えば、やはり退職妨害が激しい会社はあります。これは私の感覚ですが、あまり会社規模にはかかわらず、どちらかと言えば、直属の上司の性格と言いますか、特性といったところが強いのではないかと思っています。

ひどいところでは、退職したいと言ったら激怒されてカンヅメにされたとか、ペットボトルを投げられたということもあります。

また、そこまでではないのですが、退職願を出してもとりあってもらえない。とりあえず2年は頑張ろうと言われるなど、上司としては励ましているつもりなのでしょうが、本人としては退職の意向をきちんと扱ってもらえていないと感じてしまうようなことがあります。上司のところに退職願が止め置かれてしまい、上や人事部門にあげてくれない。今はどの会社さんでも大変な人手不足なので、マンパワーの問題から単純に辞めさせられない。次の人が入ってくるまではいてくれとか、引継ぎが完了するまではいてくれというような会社があります。退職妨害をする会社というようにひとくくりにしていいものか分かりませんが、このような場合もあります。

あとは大雑把に分けますと、どちらかと言いますと従業員の方のパーソナリティの問題と言いますか、過度の忖度をしてしまうと言いますか、和を乱したくないという気持ちがお強いと言いますか、その方にとっては耐え難いといった従業員側のパーソナリティの問題もあります。

森本 ペットボトルの話やカンヅメにされたというのは、完全にハラスメントの話で、そういうレベル感もたくさんあるだろうなと思ってうかがっていました。他にはこういう嫌がらせをしてくる会社があるというようなことがありましたらお願いします。

小澤 たとえば会社から「おまえ、今辞めると迷惑がかかるぞ、それでも辞めるなら損害賠償請求をするからな」というようなことを言われるのは、ままあります。弁護士の立場からはそんなことはそう簡単にはできないと思うのですが、そう言われると従業員の方はドキドキしてしまいます。それから「辞めるなら辞めるでもいいが、未来永劫金輪際、同業に転職はするな」というような法律的には無理だと思うのですが、競業拒否の誓約書を突きつけられて、サインしなければいけないのでしょうかというご相談もありました。

 あとは今辞めたがっているその方に直接の妨害をしたわけではないのですが、過去にお辞めになった従業員に退職妨害をしていた、トラブルがあったというのを見ていた、あるいは聞いたというようなことでも従業員の方はためらってしまいます。もし私が辞めようと言ったらそういうことをされるのではないかということでご相談にいらっしゃる方もいます。たとえば「辞めたいと言ったから、逆に解雇してやった、ハハ、ハハッ」と社長が言うようなことで、もしかしたらその社長さんにとっては武勇伝ぐらいに思っているのかも分かりませんが、それを聞いてもう自分は無理だ、こんな会社にはいられないと思ってしまうようなこともあります。それ以外にも、就業規則に沿って3ヵ月前に退職を申し出たところ、そこから退職までの3ヵ月間は休みを与えないと言われたというようなこともあります。

 あとは自宅に会社の人が乗り込んできたというケースもわずかながらあります。

森本 このような事案は労働者側からすると、とても抵抗感の強い話ですよね。それこそ損害賠償などと言われると、頭が真っ白になるだろうと思いますから、退職代行サービスを探し、プロのアドバイスを求めようとするのは、もっともだと思います。

このように力で押さえつけると、ご当人だけでなく周りの人も含めてモチベーションは当然下がります。すると、パフォーマンスも下がりますし、中長期的にも会社の活力は下がるだろうと思います。一方で、超短期的にだと、恐怖心から皆の背筋がビシッとすると言いますか、嫌々ながらも言う事をきかなければいけないというのが会社の中で癖づいてしまうというようなものがあるのでしょうね。本当によくない話だと思いながらうかがっていました。

 それに若干近い話として、長時間労働やハラスメントのせいで疲弊される方もおられるだろうと思います。それについてもコメントいただけますでしょうか。

小澤 調べてみたところ、長時間労働とハラスメントが背景にある案件が3割はありました。

森本 意外と少ないようにも感じました。ただ、産業保健側だからそう思ったのかもしれません。

小澤 今の話で気をつけなければいけないのは、私には言っていないだけかもしれないのです。闘う気がもうないから、辞められればそれでいいので、そんなことにはもう触れたくないという方もおられます。その上で、私が実際に耳にしたということでは3割程度です。

森本 働き方改革以前・以後のような話で言いますと退職代行サービスを始められてわりにすぐに働き方改革が動き始めていると思いますが、長時間労働での疲弊のケースは少なくなってきているなど最近の流れとしてあったりはしますか。

小澤 今回のデータについては働き方改革以後のデータですので、その件ははっきりしておりません。

 

<ハラスメント、長時間労働の労災レベルでの対応>

森本 それではハラスメントや長時間労働で、本人が感じたレベル感ではなく、労災レベルと言えばいいのでしょうか、上司に何度も殴られたとか、2時間ずっと立たされたまま業務レベルを超える叱責をされたとか、月120時間以上の残業が継続しているなど、メンタル不調や脳心疾患の労災認定基準を明らかに超えているような方が先生のところに相談に来られることもあろうかと思います。そのような方に対して「労災申請をしたほうがいいのでは」などの助言をされたりすることはありますか。

小澤 もちろん私は弁護士ですから、たとえば残業代をもらわずに長時間労働をされていたというようなお話をうかがうと残業代を請求することもできますとか、労基署に通報することもできますといったご提案も申しあげます。それでもほとんどの方がそれは望んでおられません。残業代を請求したいと言われる方は本当に少ないです。とにかく早く縁を切りたいと考えておられます。私はそのお気持ちも分かってしまいます。

弟の件では自分で労災申請もやったのですが、大変しんどかったのです。その最中、ずっとそのことにとらわれてしまうと言いますか、前を向いて生きることができなくなってしまうと言いますか、ずっと悲しみに浸っていなければいけないのです。

残業代で数百万円をもらえるかもしれないのですが、それはお客様にとって必ずしもいいことだとは私にはちょっと思えなくて、したがって無理には絶対にお勧めはしないです。前を向いて新しく人生を始めたいというご希望であれば、それでいいのではないかと私は思っています。

<相談者の希望と現実>

森本 小澤先生のところに来られる方は、先生に相談すれば明日にでも辞められる、これですべて解決すると思われると思います。一方で、退職までには色々と煩雑な手続きがあるようにも思っておりまして、退職を考えている方の負荷は重いと思いますが、そのあたり、小澤先生は門戸を叩いた労働者の方にどのようにお話しされていたり、説明されたりするのですか。

小澤 それは他の弁護士業務と同じでお客様の期待値のコントロールだと思うのです。できないものはできないと最初に説明します。たとえば問題になるのは引継ぎで、引継ぎ義務はある。それに関する裁判例もいちおうあります。そういう状況の中で引継ぎをしないと賠償請求を受けるリスクもゼロではないと言い、引継ぎのやり方についても、たとえば出社ができないのであれば、テレワークでやるとか色々なやりようはあると思うのですが、できますかとお聞きして、中には精神的にそれも絶対にできないと言われる方もおられるので、そうであるならばたとえば診断書を会社にお出ししてそのあたりをご理解いただきましょうというように進めたりすることもあります。

 メンタル的な問題はないように見えますが、絶対に引継ぎはしたくないと言う方も中にはおられて、そういう場合には説明をしてお客様にご判断を委ねます。いちおう法的にはリスクがあるということはご理解くださいとご説明して進めます。

森本 ちなみに小澤先生は弁護士で医者ではございませんので、その辺での肌感覚的なことになろうかと思いますが、色々な事情の中で先生のところに来られた時には体調もすでに崩されていたりする方もおられると思います。実際に体調を崩されている方の割合はどのくらいのものなのでしょうか。たとえば、診断書が出されているというようなレベルなどの場合についてはいかがでしょう。

小澤 診断書が出ているというレベルで言いますと1割ぐらいだと思います。とはいえ、言葉は適切ではないかもしれませんが、皆さんがどこかを病んでいるというところがあろうようにも思います。カラッとしていて、元気で、コスパがいいから退職代行サービスを利用するというような方はほぼいないです。

森本 何かしら、少なくとも悩みを持たれているから退職代行を使われているのでしょうから、イメージがわきやすいです。

 

<会社とのコミュニケーション謝絶の目的で活用される退職代行>

小島 自分で話をしたくないとか、何もやり取りをしたくない、会社のことを考えたくもない、会社名も目にしたくない、という状態の人は、PTSDやトラウマの診断を受ける程度かどうかは別にして、一種のフラッシュバックのようなものによって精神的に不安定になってしまったり、異常に不安や恐怖を感じたりしているというのは、私も労働者側でサポートする時に非常に困難を感じています。法的には請求する権利があるとか、戦略的にはこうした方がいいといくらお話ししても、生理的に受けつけずに、どうなってもいいからやりたくないとか、一刻も早く辞めたいと言うのです。これはなかなか経験したことがない人には理解できない、想像ができないことでが、やはり皆さんに知らせていく必要があるのではないかと思います。

 うかがっていて、なおさらそれを非常に強く感じました。いかがでしょうか。

小澤 ありがとうございます。退職代行に対する反応は、その方の労働観や人生観が非常に如実に反映されると私は感じていて、たとえば私のように身内に何かあったとすると、退職代行サービスも必要だろうと言ってもらえるのですが、そうではないと何を甘えているのだと、辞める時ぐらいは自分の口で言いなさい、社会人なのだからという反応になることが正直に申しあげて多いです。ただ始めた2018年当時は、退職代行という言葉も認知度が低かったので、おまえは何なのだと会社の方から怒られたり、説明を求められたりということはしばしばありましたが、さすがに最近それはなくなってきました。それを好意的に受け止めているかどうかは別にして「ああ退職代行ですね」と、ひとつの退職の手段として退職代行というものがあるというように会社の方も分かってきたというように変ってきたと感じます。

小島 本当は、会社側や上司たちに思い知ってもらいたい、分ってもらいたいのですが、せっかくの機会なのに、そのように軽く受け止められては、間尺に合わない気もするのです。そこに到るまでにハラスメントや長時間労働は意外に少ないのに、なぜシコリや拒絶感があり、会社や上司との関係性がそうなってしまっているのでしょうか。

小澤 私もずっと考えながらやっているのですが、結局、退職代行は何のために利用されるのかと言いますとコミュニケーションを遮断するために使われるのです。会社とコミュニケーションを取りたくないからなのですが、そこに到るまでに何があるのかを私も短い時間でお聞きするのですが、たとえば100時間ほど残業をしていた、罵倒されたというような分りやすい理由もあるのですが、実はそうでないことの方が多く、たとえば上司が一方的に話す人、論破するような感じの人だから、メンタルがきつい時に退職の相談などはしたくないというお話があります。一方的に話すとか論破するというのがハラスメントに当たるかと言いますと必ずしもそうではないのかもしれませんが、ただご本人にとってはコミュニケーションを取りたくないと思わせるような関係性であったのでしょう。また、そこまで上司に上からやられたわけではないのですが、どちらかと言いますと同僚の方に非常に遠慮をしてしまうということで、今は非常に忙しく、自分が抜けたら周りの人がとても困るのが分っているがゆえに言えない、弁護士の口を通じてどうせ言うことにはなるのですが、自分では言えないと方もいらっしゃいます。

小島 ありがとうございます。いずれも「あるある」だと思いますし、それを一言でコミュニケーションと言ってしまったら軽い気がします。ある種、防衛的と言いますか予防的で、自分で話をしてやっていくと、とんでもない状態になるのではないかという予測、不安があるということなのでしょうね。

 論破するという上司の話がでましたが、確かに、典型的なハラスメントまではいっていないけれど、相手の気持ちや事情を一切汲もうとしないで、何でも自分の都合のいいように相手を制圧する、コントロールしようとする方はおられますね。退職代行を使うことで労働者がコミュニケーションを拒否しているように言われますが、会社側や上司こそが表面的に話はしていても、そもそもコミュニケーションをするつもりはないという問題があることが表れている気がします。労働者はそれがよく分っている、もう期待できないということなのだと、うかがっていて思いました。

小澤 相談しても励まされてしまうのだそうです。「あと2年は頑張ろう」とか「人の補充はできないのだが、頑張ろう」となってきますと、そうなると「もう退職のことを話せないのです。」と言われます。

 

<退職代行を通じての会社と本人の変化>

彌冨 覚悟を決めている方が小澤先生にご相談に行かれていると拝聴しておりました。会社側が改善したりとか、ご本人が感情的になっていたのが落ち着いたり、治療なども受けることもあるかもしれないのですが、会社に戻るという選択肢を取られるケースはありましたか。

小澤 戻るケースは1件もありません。

彌冨 そうなのですね、それだけ強い気持ちでご相談されているということですね。

小澤 私は会社の中までは分からないのですが、会社の方とやり取りをする中で反省などはないです。さもありなんと言いますか、弁護士相手にこういう態度を取るのだから本人にはもっときつかったのだろうと推して知るべしで、私は退職代行業務に限って言えば残業代などがなければ会社と喧嘩するつもりはまったくなく、むしろお手伝いぐらいの気持ちでいるのですが、会社の方はそのようには思っておらず、基本的には敵として認識されています。感情的な対立もあり、そういう態度になってしまうのだと思います。

 一方で、ご本人は退職前後でまったく違います。最初に事務所に来られた時には、ゲッソリしてひげも髪も伸びていて、目もうつろだったのが、最後に来られる時はさっぱりしていらして、もともとメンタルクリニックに通われていた方も一定数いるのですが、通院もきちんとできて落ち着いてくるということもあります。

彌冨 ご本人が新たに一歩を踏み出せるということで、小澤先生のお力は大きいのだろうと思いました。相手側の会社で弁護士が入られたことで助かったというリアクションは、これまでご経験されたことはありますか。

小澤 正直に申しあげてないです。従業員の方と連絡がつかなくなってしまうよりはましではないかと思っているのですが、それは私の一方的な思いであって、管理職のお立場の方と退職代行の話をしますと、退職代行から連絡が来るとショックだと言われます。それはそうだと思うのですが、そういうショックを与えるようなことをしているという自覚はありますので、そこは仕方がないと思っています。

岡田 私は社員から相談を受ける立場におりますが、さきほど小島先生が単なるコミュニケーションではないと話されたこと、また小澤先生が直属上司との関係性ということもおっしゃっていましたが、実際の相談の中でも上司と心のこもった会話ができていないということが結構あります。上司が上っ面で対応することがあり、そういうものが本人に伝わってしまうんですね。そうなると、関係性が崩れてしまうのできちんと会話ができず、もう話しても無駄というようになってしまいます。少しでも本人の気持ちを汲めると辞めたいという気持ちにもストップがかけられることもあるのではないかと思いました。

小澤 ありがとうございます。まさによかれと思ってやられることは多いのでして、私の目から見てもよかれと思ってやっていらっしゃる、要するに上司の方はそう悪いことをしているのではないかもしれないというケースもあるのです。わかりやすい例で言いますと、50代ぐらいの方で転職も難しいという状況で、もう少し頑張ってみようと何度も上司の方が慰留する。まさによかれと思ってなのですが、それが通じない。非常に難しいと思っています。

 

<退職代行とその他の手段との違い>

 本当に色々なケースがあり、コミュニケーションなのですが、そのコミュニケーションという言葉の中に色々な内容が詰め込まれていて、本当に100件あれば100件の悩みがあるのだろうと思いながらうかがっていました。

 私の方からの質問ですが、退職代行には弁護士さんが関われていて、他にも弁護士でない方が関われていて、ADR(裁判外紛争解決手続き)もあってと色々な方法がある中で差異はあると思うのですが、その部分について解説、説明をお願いできますか。

小澤 法律的な部分で申しあげますといわゆる非弁業者、民間業者の方は代理人にはなれません。使者にしかなれません。メッセンジャーです。従業員の方が言われたことを右から左に会社にお伝えするしかできないというお立場でやられているのだと思います。それが本当にメッセンジャーであればいいのかもしれないのですが、交渉的な部分が入ってくると弁護士法違反の可能性が生じてくると思います。弁護士会の立場のようなものがあるのでこの場でお話しするのが非常に難しく、たしかにメッセンジャーという役割だけでやれる案件もあるのかもしれません。したがって全部が全部違法ではないのかもしれませんが、非弁業者さんは交渉が必要になってくる、事態が悪化してきた時に責任を持って処理できないのです。できないですし、かつやりたがらないのです。投げ出してしまうのです。ここから先は弁護士の先生にお願いしますと言って、請けておいてそれはないでしょうと思うのですが、非弁業者で退職代行を進めて途中で失敗してしまい、私のところにいらっしゃる方もいます。そういうことなので非弁業者さんはリスクがあると思います。

森本 この手の話で交渉ごとがゼロということももちろんあるかもしれませんが、交渉ごとはあるだろうと私も想像がつきます。ですので、交渉ごとになった瞬間に業者さんから「できません」と言われたら本当にそれはつらいだろうなと思います。

小澤 これは私が実際に相談者の方からお聞きした話なのですが、お父さんやお母さんというご家族の名前を騙って連絡をしてしまう業者さんもいるようなのです。全部が全部とはもちろん申し上げませんが、結構無茶苦茶なことをしている業者さんも中にはいらっしゃるようなのです。したがってそういう意味でもお値段が問題なのであればリーズナブルにやられている弁護士の先生はいらっしゃるので、そちらをお使いになればいいと私は本当に思います。

森本 身内を騙ってというのは絶対にやってはいけないですよね。

小澤 はい、したがって逆に企業さんにお伝えするのは、もし民間の業者さんからご連絡があった場合には、代理の権限などはないので本当にご本人が退職の意思があるのかをきちんと確認をしないと危ないですよ、本当に退職をしたいのかどうかを確認しないまま退職の手続きを踏んでしまう可能性がないわけではないよと説明します。

<相談にくる最適なタイミング>

森本 小澤先生のところに相談に来られる方で、弁護士でない業者さんからの退職代行サービスがうまくいかずに先生のところに来られるということですと、本当は最初から相談してほしいと当然思うと思います。一方でこのタイミングで相談してくれるのがいちばんありがたいということはありますでしょうか。例えば、損害賠償請求が来てからとか、労働者に不利な退職の同意書にサインしてからの相談だと遅いのかなと思うのです。先生としては、どういうタイミングで利用してもらうといちばんありがたいということはあるのでしょうか。

小澤 そうですね、森本先生が言われるように色々な書面に判をついたあとに来られるとちょっと厳しいです。ただ分かるのです。目の前でこれに判をつけ、そうしなければ辞めさせないと言われて押してしまいましたというのは、分かるのです。ただ、そういう時でも何とかいったん持ち帰っていただき、判をつく前にご相談をいただければとてもありがたいと思います。

 それ以外はご自分で会社に一度も退職をお申し出にならずに弁護士のところに来る方と、何度かご自分でトライしたのですが、だめで来る方がおられます。その点については、私はどちらでもかまわないと思っています。

 ご自分で一度も退職の申し出をされずに弁護士のところに来る方に対しては、もしかしたら知識がないだけかもしれないので、会社に証拠に残る形で退職届を出すという方法も一回やってみますかと聞くのですが、多くの方はもういいです。もう弁護士にやってもらいたいと言われます。

森本 なるほど。判をついたあとでは遅いと言えば遅いのですが、そこで判をつかないとなかなか前に進まなかったという当人の苦難があったというのもわかります。本当に退職は難しい、大変だと改めて感じている次第です。

 

<柔軟な働き方>

森本 少し話題を変えていきながらということで、先生のご経験・ご実感のようなことも含めて話をしていければ思っています。柔軟な働き方の部分はきっと大事だろうと思っていて、人生のそれぞれのステージで仕事にどれだけエネルギーが注げるかは違っていると思います。定番の話で言いますと産休や育休、さらに親の介護の部分があり、ご家庭内のトラブルの部分もあって、本当は100で仕事にエネルギーを注ぐことが自分にとっての両立だという方もおられる一方で、今は20しか出せないという方もおられます。

 一方で日本の場合は正社員という形になると1日8時間、週に40時間が原則で、そこに残業がそれなりにあるのが一般的な正社員の形だと思っています。

 小澤先生も産休、育休を取られたことがあるというお話もうかがっていますし、その中でいい働き方の部分はどうしていったらいいのかとか、もう少し会社の方で柔軟な働き方の制度がもっと増えてくるとやりやすいのではというお気持ちもあろうかと思います。今までのご経験の中で、ご意見をお願いします。

小澤 弁護士として働く際にはいわゆる個人事業主ですので、労働管理という意味では、自由にやらせていただいています。ただ、今は小学生の子どもがいるのですが、そういう子がいる場合はこのフレキシブルな働き方というのは非常にありがたく、私は単に労働時間と言うよりは、どの時間を労働に充てるか、その裁量が取れることの方が私にとっては非常に大事です。

従業員の方、労働者の方には難しいということは重々承知していますが、たとえば17時にはあがらせていただき、寝かしつけが終った22時ぐらいからまた働く。それができるだけでだいぶ違ってきます。私にとっては、時間の長さと言うよりは、どの時間を労働に充てる、どの時間を家庭に充てるというように緩めてもらえると非常に働きやすい。たとえば通院や介護などでもそうなのかなと思います。2年間、役所に出向していました時に、オフィスの場所は霞が関ではなかったのですが、ブラック霞が関とも申しますし、官公庁というのは非常にブラックなのではないかと恐れていたのですが、私がいたカジノ管理委員会事務局ではそうではなく、言葉としては変なのですが、「役所としては」わりに自由でフレックスタイムなども使わせていただき、それこそ朝は7:00ごろに行き16:00に帰るとか、テレワークなども使わせていただき、そうするとかなり働きやすくなりました。働く時間を選べるというのは大事なことだと実体験として思います。

森本 ありがとうございます。そうですね、やはり働き方で、私もそうですが夕方の17時や18時から夜の21時、22時ぐらいまでの家庭のゴールデンタイムをどうするかとか、それ以外の時間でどうパフォーマンスをあげるかはよく考えていますので、なるほどと思いながらうかがっていました。

<キャリア形成>

森本 育休中も含めてのキャリアの部分で、色々と意識されているところもあるでしょうか。

小澤 育休中のトレーニングに関しては、私は事務所には他の女性弁護士がいなくて、ロールモデルという意味では誰もいなかったので、非常に悩みました。

育休中に勉強してもいいのかという論点はあるのですが、育休中に外部の勉強会に参加もしました。育休プチMBAというのがあり、それに参加しました。育休中はどうしても「私は大変」という思いでいっぱいになってしまうのですが、少し視点をあげて上司の視点、組織の視点、会社の視点で自分を見ると全体最適が図れるという部分がありますし、上司がなぜこういうことを言うのかということも見えてきますし、客観的になれるので、マネジメント層ではないうちにも、マネジメントの勉強をするというのは、私にとってはとても役に立ちました。

森本 そういうキャリアの視点で学びをされていたということですが、それ以外にも何か現在でもやられているような工夫や学ぶために時間を作っているというようなことについても教えていただければと思います。

小澤 時間はしようがないですね、1日は24時間しかありませんので、退職代行サービスを通じてもそうなのですが、だんだんと歳も重ねてきてそれなりに色々なことがあり、いちばん大事なのは自分と家族の健康と命だと結論づけてそう思っています。ですから、きちんと寝てよく食べるということはとても大事です。1番は「自分と家族の健康と命」だということで優先順位が定まりますと自ずとやれること、やれないことも見えてきますから優先順位を決めるということはとても大事なことだと思っています。

 それから、こういうことを言うと非常に無責任な弁護士だと思われてしまうかもしれないので悲しいのですが、究極的には仕事には代わりがあるとは思っています。「仕事のために死ぬ」とか、「仕事のために健康を失う」というのは望ましい状態ではないと思います。最後の最後に、それこそ仕事が辛くて線路に飛び込もうとしているような方には、仕事のために死ぬことはないと言ってあげたいし、真実そう思っています。

森本 実際に産業医の私のところにも仕事でメンタルヘルス不調になって来られる方がかなり多く、私の業務の割合で見てもいちばん多いのがそれです。その時にも「辞める・辞めない」の話はもちろんあるのですが、そこまでいってしまうだけのしんどさがその人にはあったのだということは常々感じるので、労災かどうかは別にして少なくとも体調を崩して仕事をするというのはできるだけ減らしていきたい、なくしたいということは本当に思います。

 

<当人と会社との間に立つ社員>

熊井 小澤先生のところに依頼に来られる辞めたいと思っている労働者、そして間に入る弁護士の先生、それに会社があります。労働者のコンフリクトが会社全体か特定の上司なのかはわかりませんが、ここにマイナスがあるから今申しあげた構図があると思います。その間にはさまれている人、人事担当者、小さな会社なら1人で総務すべてをやっている人などの現場で頑張っている人に対して、退職をめぐる話で、退職代行サービスに関することも含め、先生の方からいただけるアドバイスがあればお願いしたいです。

小澤 熊井先生が言われたように労働者と真のコンフリクトがあるのは、おそらく上司なのです。大きな会社では弁護士から内容証明を送ると、そこから先はすべて人事の方がご担当されるのはままあるケースで、その場合、人事の方たちは非常にドライです。ひとつの退職手続きとして淡々と進めていかれます。中小企業のように私が怒鳴られるとか非常に敵意を向けられることはないです。人事の方は手続きとして進められます。どうなのでしょうか、大きな会社で退職代行から連絡がきた時には人事の方は、べつにショックを受けたりすることはないですよね。

熊井 そうですね。私が会社員だった時代に代行業が広まっていたわけではないのですが、退職しようとしている連絡が難しい人に対して法的に代理ができる方が入ってくださるというのは、一人事担当者にとってはありがたいという側面もあるのではないかと思います。これは企業規模にもよると思いますが、私もまさに元ドライな人事担当者だったというのはご指摘のとおりです。

 人事担当をしていた当時、退職される方は未来の顧客だと考えていました。経営層や上司が怒っていても、何とか人事が埋め合わせをして未来の顧客にマイナスを弱めて出ていってもらうのが人事のプロだと思って長年やってきたので、弁護士の先生が来てくれたら助かると思ったのではないかと。人事の現場にいる人にアドバイスをするのが、今座談会に入っているそれぞれの職種の使命でもあると思うので、もちろん産業保健法学会に向けて言っていただいているという前提はありつつ、世の頑張っている人事や総務の方にこれからも何かメッセージをいただけたら大変ありがたいと思います。

小澤 人事の方のお役目としてはお手続きの問題の他にあとは人材の確保や離職防止なども大きなお仕事だと思います。とくに外資系の企業さんではエクジットインタビュー(退職面談)を求められることがままあります。退職理由をきちんと把握する、上司に問題があるようならそれも把握したいということで、非常に健康的な発想ですばらしいと思うのですが、退職代行という局面になってしまうとエグジットインタビューをお受けになる退職者の方は、コミュニケーションをしたくないので、もういらっしゃらないのです。

 私はそれは非常にもったいないことだと思っています。辞めたがっている従業員の方、退職代行サービスの利用者の方は、私には非常によく話します。不満や、この上司にはこういうことをされてとてもいやだったとか、会社の構造的な問題点などをワァッーと話されてそれをお聞きして、それではそれを会社にお伝えしますかと聞くと「いやもういい」「それほどの労力をかけるほどの相手じゃない」という反応になってしまいます。ただ私はお聞きした不満の中には、会社の改善のヒントがそれなりにあるのではないかと思っていますので、退職予備軍の不満のようなものをうまく拾いあげることができれば、私は守秘義務があるのでもちろん会社にはお伝えできないのですが、そういうものがきちんと会社に伝わるような仕組みがあれば、会社にとっても従業員にとってもとてもいいことなのだろうと思っています。あまりメッセージになっていなくてすみません。

 

<相談されて把握した問題等を組織改善につなげるために会社への情報の伝え方>

岡田 社員さんが私ども保健師のところに相談に来られて不満や愚痴などをお話されてくることがありますが、まだその時点では本当の意味ではまだ退職の覚悟はできていない時だろうなと思います。上司には言わないで、人事には言わないで、だけどこういうことで困っていて、仕事にも十分に適応できておらずなんとなく退職も視野に入れているという段階で相談に来られる方が多いのです。そういう時にどのように対応したらよいかアドバイスいただけるとありがたいです。

小澤 難しいですね。退職代行のお客様がなぜ私にはとうとうと話すのかと言えば、私は評価者ではないからです。評価はされないからで、もちろん私もそこに口をはさむようなことはしませんし、だからお話しになるのです。ただ会社に伝わるとなるとそれは評価者の耳に入るということですから、それは言えないのは当たり前でして、そういう意味でも退職代行サービスを使わずに正常に辞めていく人は、在職者に比べれば、「評価・非評価」のところとは少しはずれたところにいるので、「もう辞めるので」ということで、そういう辞める方から「どうでした?」と聞くのはひとつあると思います。

 あとは岡田先生のようお立場でそれをどのように会社に吸い上げるかですね。アイデアがないのですが。

岡田 匿名化してお伝えすることもありますが、森本先生などは何かご経験がありますか。

森本 一例になりますが、まずはお話を伺います。ただ、私に伝えていただいただけでは状況は変わりませんよね。なんらかのアクションを期待するのであれば、行動しないといけないですよね とお伝えします。そこから先の行動をどうすればよいか、一緒に考えることになります。私が代行して伝える方法もあるかもしれませんし、やはり自分から言えるならそれがいちばん確実ですが、それが言えないわけで産業医の私のところに相談しにきてくれているわけですよね。どうすれば一番いい形になるでしょうかねというように一緒に悩むということをしています。

 彌冨先生などもそういうことを多々経験されているかと思いますのでコメントをいただけますか。

 

彌冨 私も森本先生と基本的に一緒で、ご本人にとっては共感し、一緒に考えてくれる人がいるということでまず安心してもらうということと、でも手段としては、会社側に伝えることをしないと次のステップにはいけないので、その中でご本人さんがどのように行動されるかですが、少し時間をかけてオリエンテーションがつくように少し回数を重ねてやっていくしかないと私も思います。

 

<ブラック企業を取り巻く背景事情>

彌冨 日ごろ健康経営のホワイトな企業をめざして取り組んでいるのですが、今回ブラック企業というのはそういうものかというお話を小澤先生からお伺いしました。ブラック企業も自分のところはブラックでよしとしてやっているわけではないのでしょうが、ブラックのループから抜け出せないとか、実はブラックだと思っておらずやっているとか色々あると思うのですが、ブラック企業のループから抜け出すためにはどうしたらいいのかということについでにアドバイスをいただけますか。

小澤 ブラックのループに陥ってしまっている原因にもよるのかなと思います。多いのはやはり人手不足なのです。

彌冨 そうですね、長時間労働など頭では分かっていてもというところがありますね。

小澤 きちんと人手があればそう無茶苦茶な働かせ方はしないわけで、人が足りない、入れても辞めてしまう。それで仕事がきつくなりまた人が辞めていくというループにはまっている会社が多く、このループから抜け出すのは法律の世界では難しいですね。

 そうではなくブラックの自覚がなく悪気はないというのがあります。例えば、昔からの慣習で悪気なくタイムカードを押させてサービス残業させているということが時々あります。ずっと昔からそうやっているのでそのまま続けているというような知識の不足によってブラック企業化しているのであれば、それはまさに学びの問題だと思いますので、きちんと労働法の勉強をするとか、研修を受ける、ハラスメントの研修を受けさせるというようなことが、ひとつはお薬になってくると思います。

岡田 最近、入社式に出ててみたら、なんとなく自分のイメージと違った、雰囲気が合わないから辞める新人、5月の連休明けに若者の退職が増えたという記事を目にしたのですが小澤先生のところにも、そうした若者たちのご相談も多いのでしょうか。

 また小澤先生がご依頼を受ける中で、引き受けるケースと引き受けないケースなど、何か基準がありましたらお聞かせください。

小澤 入社式に出て辞めたくなったというケースは受けたことはないのですが、1年未満しか働いていないのに辞めたいというご相談を受けることはあります。私は基本的にはご相談があり、退職を希望される方は全部引き受けるようにしています。

 その方の悩みを私が推し量るべきではないということで、辛さや生きづらさは人によって感じ方が違いますので、私の目から見たらそうたいしたことはないように見えるけれども本人にとっては死ぬほど辛いことかもしれません。そこで「そんなことで辞めない方がいいのではないですか。」と言われたらおそらく絶望してしまうと思いますので、そんな些細なこととでと思うことが、正直に申しあげてないわけではないのですが、ご希望がある場合は、全部お受けします。もちろん、たとえば即日退職をしたいというような無理難題を言われて、それはできませんと言うようなことはありますが。

<退職勧奨>

小島 私が企業のお客さんを支援してきた中でいちばんやってきたことは退職勧奨のコンサルティングなのです。会社から何とか労働者に辞めてもらいたいという働きかけをする、その代行ではないのですが、そのバックアップをやってきました。退職代行と反対向きのようですが、似ていると思いました。「辞める・辞めない」という話をする前に、本音ベースで全部話を聞いてもらえるということが、会社側にも本人側にも要りますし、おそらく上司側にも要るのだろうと思いますが、それがないので、「辞める」とか「辞めてもらいたい」という動機に到る感覚や感情をほとんど表現していなかったり、ましてや相手にまったく伝わっていなかったり、伝えていなかったりというツケが、そういうところに回っている気がしています。退職勧奨の秘訣は、今までやり残した、やっていなかったそういうことを無理矢理にでもやらせる、両方でやってきちんとバトルをすることなのです。そうしますと、向こうもスッキリして卒業することができる。会社側としてもせめてもの誠実さと言いますか、言っても通じないとか、言っても変らないということではなく、やはりきちんとそれを伝えるということをするべきなのです。向こうは分かりましたとは言いませんし、向こうも言いたいことを言いますが、お互いに言いたいことを言っているうちに、何となく最後は時間切れと言いますか、いいかげんにそろそろ他のことを考えましょうかと両方でなっていく。本当はそういうことができたらいいと思うのですが、労働者が個人で向き合うのはシンドイということは、私も最近、労働者側でやっていると本当によく分かります。小澤先生が労働者の主観的な感じ方を大切にして、それを評価せず、あなたはそれほどではないとか絶対に言わないようにしているというのは、本当に大事なことだと思っていて、弁護士が依頼者に向かい合う姿勢として本当にそのとおりだと思った次第です。

 ちなみに小澤先生は退職勧奨の話は会社側で相談を受けることはあるかもしれませんが、何かそこでのヒントやコメントをいただけますか。

小澤 どちらかと言いますと事務所の仕事としては退職勧奨の方が多く、再生事務所ですからリストラクチャリング、整理解雇がわりとあります。

 リストラの場面ではリストラの対象者になってしまった方のご不安とかお気持ちに寄り添うのが、結局は大事なのではないかと思っていて、会社が厳しいのでやむを得ず辞めていただくのですが、あなたのその後の人生については、われわれも心配しているし、できることはサポートしますというように寄り添う。それは必ずしも弁護士がやるべきことかと言いますと、そうではなく会社の方やエージェントの方など色々な方が入ってやられると思いますが、きちんとあなたの悩みを聞き寄り添いますという姿勢を示すのが大事でしょうか。それでも先ほど先生が言われた退職勧奨のコツは、最後にきちんとバトルさせることだと聞き、私は目からウロコが落ちました。ありがとうございました。勉強になりました。

小島 それをやる人事担当者や上司をよほどしっかりサポートしないとできないことなので。

熊井 その話の後に、「(人事の)熊井さんのところに行ってきて」と言われて、怒りで湯気が出ているような人を預かるということを長い期間やっていたということを申しあげておきます。

小島 それは会社側でやっていた人が熊井さんのところに行くということですか。

熊井 もう辞めると決まったあとの労働者に、経営者がこの後のことは人事へと言い、エグジットインタビューや手続きをするということです。仕方がないことなので、気持ちに寄り添うというであれば私でもやれるかと思って当時聞いていました。その後、その人たちの人生が良くなっているといいなと心から思います。ただ人事も大変だということですね。

小島 まったくそのとおりで、退職勧奨をする人がメンタルを病むことがないようにギリギリのところで支えてやってきました。したがって私はずっとカウンセリングとコーチングをやってきたということです。人事側も結構そういうようにしんどいです。ただ思ったのは、退職勧奨をする時に今言われたようにその人の先の人生を考えるということと同じように、辞めるということときちんと続けることをともにテーブルの上に乗せてその先の人生を本人と一緒に考えるという姿勢が会社にあれば、おそらく退職することについてももっと相談したり、思わず不満をぶつけたり、最後も言う甲斐がある相手、会社になるのだろうと思うのですが、言っても無駄だ、言ってもロクなことがないというように思われてしまうと、そこには全部失敗があるのだろうと思います。退職代行を使われた会社はよくよく反省すると言いますか顧みる必要があると改めて思いました。その上司は要注意というフラッグが立つだろうと思います。

森本 健康であってくれればいいのですが、時には人は病気になります。働く人全員が自分にフィットする仕事に就いて活き活きと仕事をしてくれたらと思いますが、それも難しい。退職したいと思わずに継続して働いてくれればいいのですが退職を考える時もあるというのが現実です。

だからこそ産業医や看護職、弁護士、社労士といったプロフェッショナルがそれぞれの場にいて活躍し、働く人たちが活躍できる形をめざしていく。次のステップに向かえるように支援していくというのは大事だと思ってお話を聞いていました。

今回の座談会全体を含めて小澤先生の方からコメントをいただけますでしょうか。

小澤 改めて貴重な機会をいただきありがとうございました。先生方のお話を聞いて本当に勉強になりました。

 やはり退職代行や労使のトラブルの根底には、言っても無駄だ、言うだけ無駄だというところからスタートしているのだということを強く感じました。それは辞めたいが辞められないという場合もそうですし、辞めさせたいという場合もそうなのだと感じました。したがって先生方もそれぞれのプロフェッショナルがそれぞれにそれぞれの立場でサポートをして喧嘩とまでは言いませんが、きちんと気持ちや意見を伝え合えるようになって、結局そこからのスタートなのだなと感じました。大変勉強になりました。

                                      以上