座談会:日本型雇用のこれまでとこれから(後編)

≪日本産業法学会 広報委員会 座談会≫
日時   令和5年11月16日
テーマ  日本型雇用のこれまでとこれから(後編)

参加者

ゲスト: 倉重 公太朗 先生
(KKM法律事務所 弁護士)



小島健一先生
(鳥飼総合法律事務所弁護士)

彌冨美奈子先生
(株式会社SUMCO 
 統括産業医)
高野美代恵先生
(オフィスME 社労士)

司会:森本英樹先生
(森本産業医事務所
医師・社労士・公認心理師)

 

ジョブ型雇用とは

森本 良くも悪くもジョブ型雇用は、今の流行りのワードであったりすることや、フリーランス、リモートワークというところで、色々な変化の中で流行りのワードが出てきています。その中で、いわゆるそのルールを守らせる厚労省側も苦慮しているように見えつつ、「守る」と「支える」といったキーワードも使いながら変化に対応していこうとしています。しかし一方で現実の方が先に進んでいるという状況だとも思います。

 まずは、ジョブ型雇用と言われるものの定義などのすり合わせをさせていただくのが、いいと思うのですが、倉重先生の方からジョブ型雇用の簡単な解説をいただけますか。

倉重 ジョブ型雇用とは、「たんに給料を決める制度のことではない」ということは、本来的な意味では意識した方がいいとも思います。もともとは濱口桂一郎先生が提唱した概念で、働き方、雇用慣行全般のことを指すのです。採用から配置、育成、昇進、そして給与を出す評価、募集、あとは退職、リプレイスも含めて、こうした全体の雇用サイクルを指してジョブ型雇用と言っていますので、最近の議論では色々な意味に使い、仕事ごとの賃金というような意味では、これは職務給という話しであって、ジョブ型雇用の一部でしかないですから、そこは一緒にしない方がいいと思うところです。政府も「ジョブ型雇用推進」と言いながら、職務給の話しをしているのかジョブ型雇用全体の話しをしているのかがよく分らないように見えることがありますから、そこは意識した方がいいと思います。

森本 この座談会では「採用から退職まで」という点を議論し、「この仕事をするだけが役目なのです」という以外の部分も含めて議論するほうが良いですね。ちなみにジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の対比と言いますか差異というところでも少しコメントをいただけますか。

倉重 もっとも違いが出るのは、整理解雇の場面だと言われています。ジョブ型雇用では、そのジョブがなくなったら仕事はなくなるのですから、居場所はないのは当然だという感覚の話しです。一方でメンバーシップ型雇用は無限定ですから、何とか仕事を用意するのは会社側の責任だということです。ですので、仕事がなくなったから別の仕事を回すのは、あなたたちが考えることでしょうという形になり、整理解雇という会社側が行う解雇は日本型雇用ではもっとも厳しい解雇であるということで、何もかも違っています。

ジョブ型雇用では一括採用などはなくて、そのジョブに合った人がいたら採用する、昇進でもそうで、ましてや横に配置転換するなどはできません。そういう中で今の日本の制度下においてジョブ型雇用だということで何となく飛びついてやってしまうと、これは人事権は使わないのですかという話しになってきてしまいがちです。解雇もできないうえに、配置転換もできないのでは、そのジョブに合わなかったらいったいどうするのですか、何もできないということなので、そこはよくよく考えていかないと、何となく流行りのワードだからということですと問題も起こりがちです。ちょうど2000年ごろに成果主義賃金というのが一瞬流行り、一瞬で廃れていったものがありました。それと同じようなことになってしまいますので、何のために何を変えたいのかということを議論しなければいけないと思います。

 何かは変えなければいけないはずなのです。今の日本型雇用には不満が出ているのです。このあたりはまた後でお話しします。

森本 メンバーシップ型雇用という従来型雇用は、こちらに人がいて、この人はこちらに持っていこうということはできるし、欠員が出た場合には、玉突き人事のような形でうまく回せていた部分がジョブ型では難しいという点について、あまり議論としては出てきていないと私も思います。

倉重 企業にとってはメンバーシップ型雇用はいいところでもあるのですよね。

森本 そうですよね。今のジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の対比の部分で、小島先生の方からも何かコメントをいただけますか。

小島 倉重先生が言われた整理解雇の場面では、ジョブ型雇用ですとその仕事がなくなったら解雇ということですが、これがよく外資系では、非常に端的に象徴的に表れるのが、会社は収益を上げていてまったく問題がないのですが、ただそのファンクション、そのポジションはなくなるので、あなたのポジションはなくなりますからパッケージを提示して退職の協議をしますということが非常によく行われます。ただこれは解雇して日本の裁判所で受け入れられるかと言いますと、どうしても経済的に問題がない状態の中で、たんにそのポジションの機能そのものがいらなくなるということなので、それは外注するからということもあるし、効率化するためということも様々な理由があります。かなり経営合理化的に考えいて、そのポジションは2つもいらない、1つでいい、さらに日本にはいらない、韓国など近くの国がその役割を兼ねればいいという感じで、日本のそのポジションはなくなる。それでやってしまうわけです。そういうことですから、裁判所がその意識についてこられるのかどうかということもあります。日本人の感覚では、まさに倉重先生が言われた、「この仕事がないなら、何か他に仕事をくれ、用意をしろ」という、労働者の受け身の感覚では難しいのではないかと思います。その感覚は非常に問題を孕んでいると常々感じます。それは障害者雇用の特例子会社でも起きていることで、合理的配慮まで持ち出しています。要は、私が苦痛なくできる仕事を会社が取ってこいという要求をする人が親御さんも含めています。これは何か本末転倒をしていると言いますか、それほど上膳据え膳で仕事が用意されるという感覚で社会に出ているということが、非常にわが国の努力の質を下げていて、そういう気持ちでは世界で太刀打ちできないのではないかという気もします。

倉重 そこは福祉と雇用の境目ですね。どこまでやらなければいけないのかということで、一定ラインを超えたらもう福祉だろうという話しになりますから。

小島 正直に言って会社にもそれほど余裕がないのです。恵まれている大会社なら何らかの仕事はあるでしょうが、厳しいところに行けば行くほど仕事は選べないという現実があって。

倉重 結局、冒頭の方でもありましたが、今の時代は、キャリアは会社から与えられるものではないのです。それは本当にそうです。逆に会社に自分の人生をすべて委ねる方がリスクではないですかということになります。一方でキャリア自律などと言われたら、どういった仕事、キャリアがあるのか、自分で責任を持って選択していかなければいけないことになります。自分はこれをやっていくのだというアカウンタビリティのようなものが非常に大事になってきます。

小島 おっしゃるとおりだと思います。本当は、学生時代からそういうものの訓練とか意識を育ててもらいたいなと思います。

森本 その部分は非常に本質的で興味深い話しだと思って聞いていたのですが、一方で日本の企業の場合では、たとえばメンタルヘルスの従業員が出て、異動が望ましいという診断書が出て、私はここに行きたいですというようなことは大変よくあります。一方で、多くの従業員は「オレはどこに行きたいなどとは今まで一回も言ったことがない。言ったとしてもきいてもらえたことなんてない」という現状もあり、自分でキャリアを積み上げていくのだという気持ちがありつつも、一方で会社から言われたことには逆らわずに粛々と仕事をする中で昇進していくという人もいます。どこまでを選び取って、どこから自分で主張するのがいちばんいいのか、もちろん会社や業種、業態によって全部違うのでしょうが、悩ましい問題だなと思って今うかがっていました。

 彌冨先生なども企業で色々な社員も見られている中で何かコメントをいただけますか。

彌冨 そうですね、私は健康状態が良くない中で退職するかしないかというような方と面談をすることがあり、ご本人が精神的に良い状態で良い決断ができるように専門職としてサポートすることが自分の仕事だと思っています。

 

制度を組織にどう組み込むか

森本 今のジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の議論をさせていただく中で、たとえば各種新聞やビジネス系の雑誌などでそういう記事が出ていて、社長がそれを読んで、ウチの人事はどうするのだということで、人事の役員の部長などに「これはどうなっている?」「この制度設計がウチでできるか考えてこい」というように話すことなどは、おそらく日常茶飯事として非常によく起こっているのではないかと思います。人事部門は、そうは言っても調べてみると「ウーン」と頭を抱える部分も多くあると思うのですが、人事部門はこれから変えていかなければいけないところは変えていきつつ、どういうようなスタンスを持ってやっていくのがいいのかという点について、やや観念的な話にはなりますが、コメントをいただけますか。

倉重 ここはよく考えているところです。今のジョブ型雇用の文脈で考えることが多いのですが、何しろこういう制度変更をしたいですと、今言われたように社長が言うなり、人事側が、セミナーでそう思いましたと企画するなりと、色々なケースがあるのですが、何を何のために変えたいのかという何らかの課題があって、現行の制度に閉塞感が漂っていて、不公平感などがあるとすれば、これはまちがいない話しになります。

ただその原因が何かをきちんと見ないといけない。ジョブ型雇用ということで、器の外身だけを変えたからと言って、それで生まれ変われるわけではないのです。多くの企業は、守っているのは、年収とそのパフォーマンスが見合っていない、「働かないおじさん」とはよく言われます。ただそれは「おじさんが悪いのですか?」ということがやはりあって、「あなた方、会社がそういう処遇をしてきたのでしょう。」、「毎年、定期昇給をさせてきたのでしょう。」ということで、その人の人事考課を見たらそれほど悪いものはついていない、それではそうなってしまうという話なのです。

 したがって今の日本型雇用の多くの企業は、これまで採用していた職能資格制度、職務資格給という、「職務遂行能力」とは何かということが実は曖昧にしたままやってきたという現実がありまして、「その能力が上がった体にした」というのが、年功序列の正体なのです。しかし本当に「年齢とともに能力が向上してきたのか」と言いますと、そうではないということがだんだん明らかになってきて、「なぜアイツはあんなに給料が高いのだ」という不満が湧いてきているのです。あるいは機動的に下げられないということですが、それならジョブ型雇用にしたらそれは変わるのかと言いましたら、ジョブを変えた時に給料は本当に下げられるのかということは、今の日本の判例では規制されている話しになります。そもそも今の能力査定もいちおう査定はすることになっていて、理論上、制度上、就業規則上は下げることができるはずなのに、色々な理由はあると思いますが、それはやってこなかったのです。それでもやはり嫌われたくないとか、「アイツ最近子ども産まれた」とか、「家を買った。」などということで、本来の能力査定とは異なり実際に下げていないのでしたら、これはジョブ型雇用にしたらそれが急にうまくできるかと言いましたら到底できると思えないです。評価する側の意識が変わらないとだめなのです。と言うのは、改めて何のためにやるのかというところから考え直さないといけないわけです。

 たとえば「カゴメ」さんなどは、これは本になっていますが、なぜ日本だけ変な制度なのだと海外の子会社から突っ込まれるのです。ジョブ型雇用なら分りやすい。全世界で仕事ごとの賃金でやっていますという、それはグループでひとつのHRを実現するためにはよく分りますし、人の入れ替わりが激しくて市場賃金でやっていくという会社も、そのジョブならいくらというのも分かります。能力が低い、パフォーマンスが低い人の給料を下げたいという邪な目的でジョブ型雇用としたいということには、私は反対です。それでは絶対にうまくいかないです。先ほどの成果主義と同じ話しになってしまうので、何が問題なのかということは、自社の現場には必ずあるので、まずそこと向き合いましょうというのが、根本的な話しだと思っています。ちょっと理念的な話しでしたがそういうことです。

森本 今までも繰り返してきた「何となくの課題に対して何となく制度を変えても、実際には何も変わらなかった」ということですね。

倉重 そうです。このままでは絶対にそうなってしまいます。

政府もそれに乗ってしまっているように見えます。政府の文書で「ジョブ型雇用をめざすべき」というようなことを言っているので、それはそう思う社長も出てくるだろうということです。

 

HRテクノロジーについて

森本 次の話題としてHRテクノロジーでしょうか。最近はHRでも色々なテクノロジーを入れてどんどん変えていこうという話しも出ています。彌冨先生からも補足説明をお願いできればと思うのですが。

彌冨 経済産業省も健康経営の推進とともに、HRテクノロジーを普及・推進しています。実は健康経営を進める立場で、産業保健が従来よりかなり経営に近くなってきていると感じており、健康経営が健康経営戦略でしたら、いわゆる人事戦略としてHRテクノロジーを使うと考えると、おそらく従来の人事より今後より経営に近い感じになってきているのではないかと想像しています。そういうことも含めてHRテクノロジーの活用について倉重先生におうかがいできたらなと思っています。よろしくお願いします。

倉重 私は『HRテクノロジーの法・理論・実務』という本も出していまして、そもそもこのHRテクノロジーとかAIに関して私も勉強したいと思っていたら、本がなかったので、セミナーを色々と回ってみたら、それなりに有名な方は一定数で限られているのだということが分かり、そういう人たちを巻き込んで本を書いたということです。

 そもそも大前提として、HRテクノロジーとは、どの範囲のことを話しているのかという定義とか領域の話しをしなければいけなくて、何段階かあるわけです。

 まず「勘と経験と度胸による人事」から「データによる科学的人事」というように抽象的なことは言うのですが、その具体的なことは何かと言いますと根本的には第1段階は「紙からデータにする」ということで、採用時の履歴書から、紙しか残っていませんというのではなくて、データとしてその人の情報を一元管理できるようにするというのが、ただのデータ化というだけですが、初期段階はそうなります。

 その次の段階は効率化です。ここにはAIが入っているものがありますが、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も入っているものもありますが、定型業務をテクノロジーによって処理してもらう。就業規則の法改正対応などもそうなってできるのではないかと思います。定型業務をどんどん効率よくやっていく。そこに止まらずAIの内容にもよりますが、次には高付加価値というところが入ってくるのではないかと思います。つまり、予測とか、先ほど言われた適材適所とか、このキャリアを積んだ人はここの職場がいいのではないですかというサジェストをしてくれるような、キャリアのサジェストをしてくれるようなものとか、評価のサジェストとか、採用に関してはエントリーシートを読み込んで採否を判定するAIなどもあったりして、採用面接を動画でやり、それをまた評価するなどということも実際に走っています。そういうことで、そういう高付加価値化も産み出していくのも世界的な流れだと思っています。

 ただ労働法が変わるわけではなく、最終的には人なのです。それは採用でも、評価でも、配置でも、最後の解雇でもそうです。現に今、労働委員会で紛争になっているものも、IBMの事件などであったりして、AIのアシスタントの評価を上司が聞いて査定しているのですが、そのAIがどういう評価をしているのかを団体交渉で教えろと労働組合が言っても、それは教えられませんということが不当労働行為かということが争われている事案があります。今はもう現に問題になりつつあるということです。ただ、最後は人が人事権を行使しているのだということは忘れてはならない。当たり前のことなのですが、そういうものなので、サポートツールでしかない、AIに仕事が奪われるのではなく、人が高付加価値の仕事をするために使っていくというのが、大事な位置づけなのではないかと思います。

 ただ健康分野で言えば、やはりバイタルデータと組み合わせると配置のマッチ具合などの精度が上がりますから、この人といる時にはパフォーマンスが少し悪いとか、この場所にいる時には何かパフォーマンスがいいが、なぜかというと、誰からも話しかけられないので集中できているとか、そういうこともどんどん分かるようになっていったりします。もっともっとデータが集まればどんどん賢くなりますから、もっと効率的にこれからの進展が期待されます。

 しかし最終的には人ですし、そのデータをどのように使うのかは、プライバシーの保護、個人情報とも関係しますので、会社はこっそりとやってはだめです。こっそりとバイタルデータを取得する、健康診断をこっそりやりましたというような話しもありますから、そういうことにならないように堂々と説明し、労働組合にも持っていき、いいことをやるのですからべつに隠す必要はないでしょうという話しでやっていった方がいいというのが、ザックリと言うとそういう話しになります。

森本 今日の座談会のはじめのころに出た話しですが、日本型企業は、もともとは100%会社にコミットする人を集めるという世界で、定型的な労務管理でよかったものが、今は最適なパフォーマンスを出してもらうために、どんどん個別の対応をしていかないといけないし、そういう中でうまくやるのは、それでは人手がいくらあっても足りないところで、AIやHRテクノロジーをうまく使うという認識だったのですが、それでよろしいでしょうか。

倉重 そこをうまく埋めるのが第一段階でもありますし、さらにはAIを使わないと追いつかなかったなといった新たな価値を生み出していくのが次のステージだと思います。

彌冨 先ほど倉重先生がおっしゃったように、やはり何のためにやるのか、そのためにこういうことをやるということをきちんと説明して、それで従業員が、そのデータを取るところにしっかりと参加してくれる、協力してくれるように説明することはとても大事だと思い、テクノロジーを使ってアルゴリズムがこうだからと言うのではなくて、それをうまく人が使い、うまく人がやっていく、効率的にやっていくというところはまさしくそのとおりだと思い聞いておりました。

 

健康管理分野でのHRテクノロジー活用の課題

倉重 健康管理分野はまたこれからテクノロジーが出ると思いますので、そこが変な方向に行かないように、勝手に使って変なことで怒られるとか、プライバシー侵害などもないように、規制されることがないように堂々とやりましょうということですね。

彌冨 たとえばなかなか解雇できないという話しもありましたが、復職後に元職場・元作業に戻れる場合はいいのですが、メンバーシップ型雇用の場合は、従前の業務を十分に遂行できない場合は、労働者の能力とか経験、配置可能性を考えていく必要があるのですが、その場合はHRテクノロジーのジョブフィットモデルというようなものがあると人事の方も助かるし、本人も納得して少し方向性が見えやすくなるかなとは思っていました。

倉重 本を読んでいただいてありがとうございます。まさに共通の尺度を持って話した方がコミュニケーションもしやすい。何となく主観で仕事はできている・できていないではなくて、何がどうできていないのかという、点数はどうだという定量的なものがあるといいと思いますし、その精度が上がっていけば、より使いやすくなるかなと思います。

彌冨 あとは、産業医として関わる分野としては、長時間残業労働者面談がありますが、企業が把握している時間と労働者が把握している時間のズレがある場合、大きな問題がありますが、そこがHRテクノロジーで、真の労働時間をメールとかタイムテーブルなどを総合的に測っていくものがあるとすれば、そういう差は少なくなるので、労務管理上は非常に大きなメリットになると思っています。

倉重 現に、もうメールとスケジュールとその時間からAIが労働時間を認定するというサービスはあります。それを私が監修していたりするのですが、それをやるとかなり漏れがなくなります。中には労働時間をつけすぎているのではないかというものもなくはないですが、逆に言いますと思っていたよりも多くなってしまうことはなく、おかしいと思うものはあとで修正して確認すればいいでしょう。最大リスクを常に把握するのが大事ですから、それは安衛法の客観的な労働時間把握にも合致しているので、そこはいいと思い、そのへんはもうどんどん、人がやるのではなくて、テクノロジーにやってもらえればいいと思います。

 今は建設業とか運輸業でそれをどうやるのかが2024年問題で話題になっています。

森本 今の話しも本当におもしろいなと思っていて、そういったHRテクノロジーで正しい労働時間を把握しようということですと、総論賛成になります。一方で、ノートパソコンのカメラを常にオンにして、パソコンの前に座っていなかったら労働時間ではないということになると「つながらない権利を侵害しているのでは」ということにもなります。適正配置の参考値としてデータを活用するなども総論としてはOKなのですが、「この人は上司の前に立つといきなり心臓がバクバクしてパフォーマンスが落ちているから配置転換だ」となりますと、それも極論だろうというようなこともあります。

おそらくひとつひとつガイドライン的と言いますか、例示的に議論を詰めていかないと成立はしないだろうと話しを聞きながら思っていました。

倉重 そうですね。何事も使い方ですね。

森本 何が悪くて、何が正しい使い方だというものもどんどん変わっていくと思います。

 

われわれ専門職はどういう視点から支援・サポートが可能か

森本 残りのディスカッションのテーマは、われわれ専門職がどのような視点からサポートができるかについて話し合うことができればと思います。今まで議論があったように、労働者の自主性を踏まえながら自分でキャリアを築いていくこと、会社もそこにしっかり対応していかなければいけないということが今回の根幹の議論で出てきたことだと思います。

自己責任という話しの部分はある一方で、そうは言っても働くことで人がボロボロになり、使い捨てのような形になるのは違うと思います。とはいえ、やはり組織対個人になりますと個人は組織と対等と言われていても弱いという世界でもあるので、その中でどのようにやっていくかが、われわれ専門職、それぞれの立場で求められるところではないかと思います。

会社や労働者にわれわれがどのような支援や、どういう視点でサポートしていくことができるかを伝えていくことができるのか、その思いをおうかがいできればと思います。まずは倉重先生からお願いします。

倉重 われわれ弁護士も社労士の皆さんも、産業保健職の皆さんも、昔は決められた仕事を待っていて、われわれ弁護士なら裁判があったらやり、社労士の方は、社会保険の手続きや、産業医や産業保健スタッフの方は相談がきたら対応して、あるいは法定業務をやってみるというようなイメージだったのですが、垣根がどんどん取っ払われていき、何が問題なのかというところから探しに行って、人事の方と一緒に課題を発見する型が必要と言われるのですが、まったくそうだと思っていて、まず課題を見つけるのが難しい世の中です。課題はそもそも一律ではないですし、企業ごとに課題の所在は異なりますし、その解決の仕方も、弁護士なり、社労士なり、産業保健スタッフなりに解決できることはそれぞれあると思います。縦割りではなく専門家が人事を媒介にして企業の課題を皆で解決するというチームを作っていくことが何より大事なことだと思います。誰か1人の力で解決できるというのは範囲が限られてしまいますが、専門家が力を合わせればかなりの力を発揮すると思いますので、そうした連携がとれる会社も少しずつ最近は出てきたものですから、たとえばある人のメンタル対応も初期段階から、みんな、産業医も、弁護士も、人事も社労士も一緒に打合せをするということができれば、そうそう対応を間違えることもないし、相当に分厚いサポートに結果的にもつながっていくのではないかと思っています。

人事の方が入って伝言ゲームのようになってしまうとよく分らなくなることも多々ありますから、そういう意味では一緒に問題を解決していく組織、専門家の集まりができるといいのではないかと思います。

森本 小島先生からもお願いできますか。

小島 今日のジョブ型雇用の話しについてですが、私たちは「ジョブ、ジョブ」と言いますが、人がやっている、あるいはやるべき仕事にどういうものであるかが、十分に見える化がされていない。把握もできていない。ご本人もそれを把握できていない。それがローパフォーマーや「問題社員」だったりするのです。私もコンサルのような形で職場へ入り、自分の仕事を全部書き出してもらうようなことをするのですが、それは前工程、それは後工程にしてという整理ができる人は、そもそもハイパフォーマーなのです。そういうことができないのが一般的です。「できる社員」になるためには、自分の仕事をきちんと把握してその意味が分かり、人に説明ができるようにならないといけない。まずそこに定型がないのでわれわれも少し遅れてしまっているようなところもあります。ただ、極論すると逆に、日本型雇用のようなものは、サイバーエージェントさんでしたか、人を採用したら、その人がやれる仕事、できる仕事をさせる、人の採用から仕事を作るという、人単位で仕事を把握するということも型としてあり得ます。欧米型のように決まりきった仕事というジョブがあり、それで全部が網羅されているのか、それで正確かと言いますとそうでもないのです。そうなると、われわれは職場を、働くということで支援するとなると、まずは仕事をしっかりと把握して、それを起点にやっていくことが必要だということと、同時にそれをやれるのは当人だと思うので、当人をしっかりと育てていかなければいけない。結局、人事の役割はそういうことなのかと今考えながらお話しをうかがっていました。

 こういうことは障害者雇用のジョブコーチでまさにやることなので、そういうことを最近はとみに感じていて、これは労働者全体のために必要かなと思っていました。

 本日の倉重先生のお話しをうかがっていて、何が日本型のジョブ型雇用としてあり得るのか、その可能性について考えていました。

森本 高野先生の方からもコメントをいただけますでしょうか。

高野 先ほどHRテクノロジーの話しでも出ましたが、その話しが出た時に社労士の仕事がなくなるのではないかということが社労士の中ででも話題となりました。やはり倉重先生が言われたようにツールとして使えば非常に便利です。従業員情報、労務情報の分析がしやすくなった分、労務管理への気づきが増え仕事が逆に増えている状況にあります。労働時間管理なども含めてですが、HRテクノロジー導入を行うことで、より深く労務管理ができます。今までは集団的な労務管理として主となる就業規則で会社は動いていたのですが、コロナ禍以降、中小企業も在宅ワークやテレワークが導入されたことにより、職務分析が急に必要になる、成果物の基準を示す就業規則が必要になってきました。さらに、限定正社員への、就業規則や社内規定の策定対応もしています。一方で、従業員はライフスタイルも重視したいとか、それでも自分のキャリア形成も意識したいというような、色々な希望を持った方がいます。そういうときは、中小企業の特性として、人数も少ないですから、規則を作る前にまず個別で話し合い、個別の労働契約で進めている状況もあります。そこでやはり先ほどは「自己責任」とか「対等」というキーワードが出ましたが、労使の対等性がないと個別の労働条件はなかなか成立しないと思っています。労働者が不利になる傾向がありますので、社労士として関与する以上、対等性を確保したうえで、労働条件の明示を労使双方ができるようにしていかなければいけないと思います。社労士は、中小企業の経営者の方と直接話ができる存在でもありますので、労使の対等性を労使双方に伝えることもできます。ただ私一人では、色々な問題や複雑な課題に対応していくには限界もあり、弁護士の先生や産業医さんの専門的なお知恵を借りながら社労士としての役割を果たしたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。

森本 彌冨先生からもコメントをいただけますか。

彌冨 今日は先生方のお話しをうかがって、終身雇用に代表されるような日本型雇用が、労働者に安心感を与えたというのは、おそらくそうだろうし、メリットだとも思います。一方で、それに応じて労働者の企業への献身的なコミットメントがあって、それが日本型の雇用関係の特徴だと思いますし、労働者の健康問題にフォーカスを当てると、日本の労働者の特徴として、管理職や専門職の死亡率が諸外国に比して高い。女性でも女性の管理職は、非管理職に較べて死亡リスクが高く、メンタル不調の割合が高いという論文を目にするたびに、日本型雇用が影響しているのだろうと考えていますが、今後は働き方の多様化があって、健康問題も変わってくるのではないかと思います。今後は特に正規・非正規雇用の2極化が鮮明になっていますので、おそらくそういうところに健康格差とか健康問題の影響が出るだろうと思っています。

 働き方が多様化していることは事実ですし、企業の中でも働き方が多様化して健康問題も、おそらく多様化していくでしょう。それを早く見つけて予防していくというところが、産業保健職としての役割と思っています。ありがとうございました。

森本 私の方からも少しコメントを入れさせていただきます。やはり多様化とともにますます健康レベルや賃金に関して差が大きくなってしまっています。雇用の安定性という部分に関してもどんどん2極化していくのだろうと思っています。もちろん放っておいてもできる人たちには、いきいきと働ける環境が大事である一方で、偶然生き延びられた人だけが生き延びられる社会というのも違うと思いますので、両方に目を配れるような形でいきたいということを心情として思っています。もちろん制度としてそこは作っていかないと進まないというところがありますし、極端にブラックなところを焦点に議論していても前に進まないというところもあろうかと思います。引き続きこういうディスカッションで議論を作ることができればということを思っています。

 本当に今日は皆さまには貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

一同 ありがとうございました。

以上

 

座談会の様子

前編はこちら座談会:日本型雇用のこれまでとこれから(前編)