Q7 糖尿病や高血圧などの基礎疾患がある従業員が、業務上、新型コロナウイルスに感染して重症化した場合、就業させた使用者は責任を負うのでしょうか?重症化リスクの評価につき医学的に見解が割れるようなケースで、産業医が就業可としたので就業させて重症化した場合には、使用者や判断を行った産業医が賠償責任を負うことになるのでしょうか? (Q7-1 就業による重症化の責任)
これとは逆に、産業医が就業不可としたので休業させたものの、同条件にある者は重症化せずに済んだ場合、判断した産業医や使用者は、休業による賃金減額分などについて補償・賠償責任を負うのでしょうか?(Q7-2 就業制限によって生じた損失の補償・賠償)

 

A 感染による重症化の例が国からの情報提供等で周知されている状況では、基本的な感染対策を怠るなど、従業員に対する安全配慮義務を怠った場合、使用者は、業務上の感染による重症化の結果まで予見できたと判断され、それによって生じる長期間の療養や死亡等に関する損害まで民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
とはいえ、一般の従業員について、通常求められる程度の感染対策がなされている場合に、基礎疾患のある従業員に対して、追加的な措置を講じる必要があるかについては、当該業務の感染リスクの程度や従業員本人の基礎疾患の重篤さをふまえて重症化リスクの評価を行い、必要に応じて実現可能な措置があるかを検討する必要があるでしょう。その際、産業医等の専門家の適切な関与のもとに重症化リスクの評価を行うなど、できるだけの体制を整備し、手続きを尽くすことが求められます。
また、使用者の判断の基礎となる意見を述べた産業医が、産業医として通常求められる注意義務に反し、その意見の根拠の確認を怠ったと評価されるような例外的な場合には、産業医個人として責任を負う場合があり得ます(Q7-1 就業による重症化の責任)。
他方、結果的に重症化しなかった場合、基本的には、会社都合の「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法第26条)に当たるため、休業手当の支給義務が生じますが、休業中の賃金は、就業制限の判断が不可抗力によると認められ、自宅待機や休業を命じた措置がやむを得ないとされれば、支払い義務は生じません。
この際、就業制限の判断の合理性は、結果論ではなく、休業を命じた時点で、重症化の蓋然性が高く、休業の必要性があると判断したことに合理性があればやむを得ないと認められます。そして、それは、産業医らの関与を得て、折々の医学的知見、主治医の見解、本人の業務と状態、事業の性格などを踏まえ、衛生委員会での合議などによって、総合的に判断するしかないでしょう(Q7-2 就業制限によって生じた損失の補償・賠償)。


【解説】*本論の下に要点補論を加えました。合わせてご参照下さい(2021.2.9)。

1.Q7-1「就業による重症化の責任」について

(1) 業務上の感染・重症化と安全配慮義務

使用者は、労働契約に伴い、「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ、労働することができるよう、必要な配慮をする」旨の安全配慮義務を負っています(労働契約法第5条)。これは結果債務ではなく、結果の実現に力を尽くして一定の措置をとる手段債務だと解されています。感染症への業務上の感染は配慮の対象となり得ますが、就業させた結果として従業員が新型コロナウイルスに感染または重症化したとしても、直ちに当該義務違反となるわけではありません。判例法理上は、感染による健康被害が予見可能で、その結果回避が可能であったにもかかわらず、合理的な手段を講じなかったときに、初めて使用者の過失責任が問われます。
このうち、合理的な手段が講じられたか否かは、
①新型コロナウイルスの特性や感染リスク等、
②推奨される感染防止措置等、
③就労環境や従業員の健康状態等
の情報を収集し、実現可能な措置を適切に講じたか等の観点から総合的に判断されると考えられます。行政が一定の感染対策を推奨しているような状況にあるかぎり、たとえば、マスクの着用や手洗いの励行、いわゆる3密を避けるなどの基本的な感染防止措置すら講じずに業務をさせた場合はもちろん、後述するように、糖尿病、高血圧など、重症化リスクが指摘されている疾病罹患者については、産業医等の意見を聞いて、不必要な屋外への外出を控えさせる等の措置を講じなければ、使用者は、安全配慮義務を怠ったとして、民事上の損害賠償責任を負う可能性が大きいといえます。
その際の責任は、重症化の結果、すなわち、重症化により生じる長期間の療養や死亡等の損害にまで及び得ます。

(2) 基礎疾患のある従業員に対する更なる措置は必要か

では、感染・重症化した従業員に基礎疾患があったが、一般の従業員について求められる程度の感染防止措置は十分に講じていた、という場合にも責任が生じるのでしょうか。
現在、厚労省などでは、感染した場合に重症化しやすい者として、高齢者、糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD等)等の基礎疾患がある者、透析を受けている者、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている者を挙げ、注意喚起しています。そのような基礎疾患のある従業員への対応として、感染予防措置を行う、感染リスクのより低い業務へ転換するなどの、更なる措置を講じる必要があるかが問題になります。
この点、新型コロナウイルスに関しては、厚労省が労使団体の長あてに、「産業医等の助言を得つつ、妊娠中の女性労働者や、高齢者、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患など)を有する方々に対して、十分な労務管理上の配慮をしていただきたい」と要請していることを踏まえる必要があります(後記1(3)を参照)。
裁判例の中にも、基礎疾患が業務の継続により増悪する蓋然性が高い場合に、病状の把握とそれに応じた就業上の措置が求められることを示唆した例があります(過重労働事案ではあるが、システムコンサルタント事件・東京高判平11・7・28労判770号58頁など)。
もっとも、求められる安全配慮義務の措置内容は一義的ではなく、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的状況によって異なります(川義事件・最小3判昭59・4・10民集38巻6号557頁)。医療機関の業務や接客等の対面業務など、相対的に感染リスクが高いと思われる業務であるか、基礎疾患が重篤か (例:HbA1cが10%を示し血糖のコントロールが著しく不良な糖尿病)などの個別事情により、重症化リスクの程度や求められる措置内容も異なってくるでしょう。
したがって、基礎疾患のある従業員への対応として、まずは、その職場事情、本人事情に応じた重症化リスクの評価を行い、必要に応じて実現可能な措置があるかを吟味することが求められます。

(3) 重症化リスクの評価と手続きについて

では、どのように重症化リスクを評価すればよいのでしょうか。現段階では、重症化リスクのある疾患名等が例示され、それぞれの重症化・死亡率等は公表されているものの、基礎疾患の程度と重症化との相関について、医学的なエビデンスは公表されていないようです。
したがって、使用者はそれぞれで評価を試み、一定の結論を求めなければなりません。そのため、産業医等の専門家の関与を求められる体制を構築するなど、できる限りの手続きを尽くすことが求められます。その際、以下の点に留意するとよいでしょう。

① 使用者の内部で、産業医等の専門家の意見を聴き、安全衛生委員会等で審議を行うなどして、専門的な知見の確保と民主的手続きによる合議体での検討を図ること。
② 必要に応じて、当該問題に詳しい外部の専門家の意見を聴くなどして、医学的な知見を可能なかぎり確認すること。
③ 国の法令・指針・ガイドラインなどを参照し、必要に応じて使用者が属する業界の認識も調べること。業種別の感染拡大予防ガイドラインがあれば、それも参照すること。
④ 従業員とのコミュニケーションを図り、自身の重症化リスクについて適切な認識を持たせること。
⑤ 上記の体制や手順をルール化し、公正に運用すること、等。

なお、令和2年5月14日付け厚生労働省労働基準局長の労使団体の長あて文書「職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防、健康管理の強化について」では、使用者が構築すべき産業保健体制等について、以下のように示唆されています(抄)。

① 労働安全衛生法上、安全衛生委員会(衛生委員会)、産業医、衛生管理者、安全衛生推進者、衛生推進者等が設置・選任されている場合、こうした衛生管理の知見を持つ労使関係者により構成する組織の有効活用を図るとともに、労働衛生の担当者に対策の検討や実施への関与を求める。
② 産業医等の助言を得つつ、妊娠中の女性労働者や、高齢者、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患など)を有する方々に対して、十分な労務管理上の配慮をする。
③ 産業医や産業保健スタッフの主な役割については、一般社団法人日本渡航医学会及び公益財団法人日本産業衛生学会が5月 11 日に公表した「職域のための新型コロナ ウイルス感染症対策ガイド」において、次のとおり示されているので参考にする。
・医学情報の収集と職場への情報提供
・職場における感染予防対策に関する医学的妥当性の検討と助言
・職場における感染予防対策及び管理方法に関する教育・訓練の検討と調整
・従業員の健康状態にあわせた配慮の検討と実施
・事業場に感染者(疑い例含む)が出た場合の対応
・職場における従業員のメンタルヘルスへの配慮
・職場における段階的な措置の解除に関する医学的妥当性の検討と助言
・職場における中・長期的な対策に関する医学的妥当性の検討と助言
④ 労働安全衛生法上、安全衛生委員会、産業医等が設置・選任されていない事業場では、産業保健総合支援センターのメール・電話相談、各種情報の提供等の活用を検討する。

(4) 医学的に見解が割れるケース

たとえば、糖尿病等は、重症化リスクについて公表されているものの、病状の程度と重症化リスクの相関に関し、エビデンスは存在しないとみられます。他方、高血圧等は、重症化リスクについて公表はありませんが、一般の2-3倍のリスクとの指摘もみられます。このように、医学的見解が曖昧な条件下では、たとえ基礎疾患がある従業員でも、一律に強度な感染予防策を講じたり、感染リスクのより低い業務へ転換することまで法的に要請されるわけではないと考えられます。
実務的には、産業医等の関与を得て、事業、本人の業務や状況を踏まえて重症化リスクの程度を見積もり、事業の実情に応じて合理的に実行可能な就業上の措置を講じることが望まれます。

(5) 産業医の個人責任

使用者の判断の基礎となる意見を述べた産業医は、産業医として通常求められる注意義務に反し、その意見の根拠の確認を怠ったと評価されるような例外的な場合には、産業医個人として、重症化した労働者に対して、不法行為損害賠償責任を負う可能性があります。
もっとも、労働者に対する直接的な安全配慮義務を負っているのも、業務指揮権を持っているのも事業者であって、産業医は事業者に対して勧告はできても、自己完結的に労働者への措置を決定できるわけではありません。また、産業医の判断には、相当の裁量が認められますし、「通常求められる注意義務」の水準も、現段階では、臨床の専門医ほど高度なものではないと解されます。主治医への状況の確認、本人のそれまでの勤務状況、新型コロナに関する情報収集など、基本的な手順を尽くしたかが問われると思われます。

 

2.Q7-2「就業制限によって生じた損失の補償・賠償」について

先ず、この相談のような、健康上の配慮からの予防的な休業は、法令上の就業禁止(感染症予防法第18条第1項、労働安全衛生法第68条等)にあたらないため、基本的には、会社都合の「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法第26条)に当たるため、休業手当の支給義務が生じます。けれども、休業中の賃金は、就業制限の判断に合理性が認められ、自宅待機や休業を命じた措置が真に不可抗力に当たる場合、支払い義務はないと解されます。
そこで問われるのが、就業制限の判断の合理性ですが、前述のとおり、基礎疾患等の病状の程度と重症化との相関について、現段階で、確たる医学的エビデンスはなく、有病者の従業員を就業させてよいかどうかの画一的な基準は存在しません。ですので、結果論ではなく、休業を命じた時点で、重症化の蓋然性が高く、休業の必要性があると判断したことに合理性があれば不可抗力に当たると解されます。
そこで、次に問われるのが、休業命令時点での判断の合理性の判断基準です。これは、結局、上で述べた重症化リスクの評価に通じるので、産業医らの関与を得て、折々の医学的知見、主治医の見解、本人の業務と状態、事業の性格などを踏まえ、衛生委員会での合議などによって、総合的に判断するしかないでしょう。つまり、適切な産業保健体制の整備を中心とした手続を踏むことが、合理性を推定させるはずです。

以上


(参考文献)

1.三柴丈典.安全配慮義務の意義・適用範囲. 土田道夫,山川隆一 編:労働法の争点(第4版).有斐閣,2014:128-130.

2.中嶋士元也.労災補償の行政審査と司法審査.弘文堂,2020:150-151.

3.厚生労働省「国民の皆さまへ(新型コロナウイルス感染症)」相談・受診の目安
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00094.html#tokucho

 

〈執筆者〉

西園寺 直之(伝馬町法律事務所・弁護士)

 

【要点補論】

1 基礎疾患を持つ者の重症化リスクについては、サイエンスでも未解明、不分明な部分が多いです。また、各事業場で実施できる対応には、人的、経済的コスト等様々な限界があります。よって、サイエンスとコンセンサスの両者をベースにして、各事業場ごとに対応方針を決定して臨む必要があり、それをもって足ります。すなわち、産業医らが、重症化リスクに関する既知の科学的な知見を収集し、それで未解明、不分明な部分については、国が公表したガイドライン(国レベルのコンセンサス)を踏まえつつ、各事業場で産業医らの専門家や労使等の関係者が参加する衛生委員会等の会合を開催し、合理的で実施可能な対応方針を決定し(事業場レベルのコンセンサス)、その徹底を図れば問題ありません。

要するに、絶対的に正しい対応は存在しないので、できる限りの手続を尽くすべきということです。

2 労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定め、事業者に安全配慮義務を課しています。

安全配慮義務は、基本的には、雇用契約上、使用者が労働者に対し、災害発生を未然に防止するため物的・人的管理の手続を尽くす義務であり、「結果責任」を問うものではありません。それゆえ、労働災害が発生した場合でも、社会通念上相当とされる防止手段を尽くしていれば、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を免れることになります。ただし、安全配慮義務を構成する予見可能性又は危険回避に関する裁判所の判断は、一般的に事業者側に厳しいものとなっています[1]

3 そもそも、安全配慮義務の内容や限界は、必ずしも自明ではありません。それゆえ、安全配慮義務に関する裁判所の判断では、その事案の性格に照らして、生じた災害が予見可能と解された場合、労働安全衛生法等の法令はもちろん、行政が示している指針や解釈例規、手引きやガイドラインをはじめ、行政による委託研究の報告書、業界認識を裏付ける学会の指針、報告書等のさまざまな文書が解釈の基準として参照されて来ました[2]

基礎疾患を持つ者の新型コロナへの感染による重症化リスクのように、エビデンス・ベースでの自然科学的な判断が困難なケースであって、なおかつ事業場ごとにできる対応に限界がある場合には、衛生委員会を活用するなどして、産業医等の専門家の意見を踏まえた関係者間でのコンセンサス・ベースで判断するしかありません。具体的には、以下のような手続を尽くすことが求められます。

① 事業者の内部で、産業医等の専門家の意見を聴き、安全衛生委員会等で審議を行う等して、専門的な知見の確保と民主的手続による合議体での検討を図ること、

② 必要に応じて、当該問題に詳しい外部の専門家の意見を聴く等して、医学的な知見を可能な限り確認すること、

③ 国の法令・指針・ガイドライン等を参照し、必要に応じて事業者が属する業界の認識も調べること、業種別の感染拡大予防ガイドラインがあれば、それも参照すること、

④ 労働者とのコミュニケーションを図り、自身の重症化リスクについて適切な認識を持たせること、

⑤ 上記①~④の体制や手順をルール化し、公正に運用すること、等。

繰り返しになりますが、民事上の安全配慮義務は、あくまで手段債務であって、大切なことは、「手続を尽くすこと」であり、事業者は、産業医や衛生委員会を活用する等の合理的なプロセスを経て、尽くすべき手続や体制の整備を図り、実施した措置について記録をとり、その良識が顕在化するよう努めることが求められ、それをもって足ります。

なお、厚生労働省のQ&Aは、糖尿病等の基礎疾患を持つ者の重症化リスクを指摘する一方、高血圧患者のリスクには言及していません[3]。しかし、科学的にはその重症化リスクの高さは明らかであって、厚生労働省のガイドラインがそれを指摘していないのは、国民の不安を避けるためとも解されるため、個々の事業場では、まさにサイエンスの知見をベースとして、そのリスクを前提とした対応が求められましょう。

4 一方、事業者の判断の基礎となる意見を述べた産業医が、その判断について責任を認められることは稀ですが、産業医として通常求められる注意義務に反し、その意見の根拠の基本的な確認を怠ったと評価されるような例外的な場合には、産業医個人として、重症化した労働者に対して、不法行為に基づく損害賠償責任等を負う可能性があります。

[1] 弁護士外井浩志監修『経営者の労働災害防止責任 安全配慮義務Q&A』(中央労働災害防止協会編、2002年)23頁。

[2] 三柴丈典「[連載 職場のメンタルヘルス入門]4 安全配慮義務」産業ストレス研究第19巻2号(2012年)185~187頁等。

[3] 厚生労働省のウェブサイト(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00004.html最終閲覧日:2020年12月9日)。

 

〈執筆者〉

淀川 亮(弁護士法人英知法律事務所・弁護士)

三柴 丈典(近畿大学法学部・教授)