Q14 感染症対策と懲戒処分

Q14 新型コロナウイルス感染症への感染防止対策として、業務命令によって強制し、それに従わない場合に懲戒処分等の不利益な取り扱いをすることができるのは、以下のうちどの範囲まででしょうか?

 ①マスクの着用(社内/社外)
 ②恋人・友人らと直接会うことの禁止
 ③家族に発熱が続く者がいる場合の申告
 ④本人に感染が疑われる症状がある場合の申告

 

A 会社が従業員の遵守すべきルールを定める場合、従業員の私生活にまでルールを定めて介入することは、プライバシー権との兼ね合いで、行き過ぎになることがあります。また、懲戒処分は、簡単に発動すべきではなく、説得等の手段を尽くしたうえでの最終手段とすべきです。一方、会社は、従業員その他に対する安全配慮義務を負っているほか、職場の秩序を維持する権限を持っているので、会社の定めた合理的なルールを従業員が自主的に守らない場合、業務命令によって強制し、それに従わない場合には、懲戒処分等の不利益な取り扱いをすること許されます。①マスクの着用については、その必要性の大きさは業務の種類によっても異なり得ますが、少なくとも、その必要性を十分に説明し、従わない場合には業務に従事することを制限する等段階的な措置を講じ、それでも従わない場合には、懲戒処分も可能となるでしょう。②恋人・友人らと直接会うことは、従業員の職場外かつ勤務時間外の行動であり、従業員の私生活に関わる事柄です。そのため、原則として、会社側が、全面的に、これらを規制することはできず、懲戒等の不利益処分を下した場合、無効とされる可能性が高いですが、医療者、運行乗務員など、多くの人々と密接に接触する職種であって、その他に適当な感染抑制手段がない場合には、接触を禁止すべき相手の判断基準を示すなどの合理的な方法を講じることを前提に、それに従わない者に懲戒処分を下すことも可能となるでしょう。③家族に発熱が続く者がいる場合の申告及び④本人に感染が疑われる症状がある場合の申告については、職場での感染拡大を防止するための合理性が認められますが、業務命令や懲戒処分をもって強制することが相当と認められるには、単に指示に従わないのみではなく、本人が就いている職種、本人の行動の態様、もたらしたリスクの程度、使用者側が申告し易い条件を整備していたかなど、諸種の事情から、相当に悪質と認められることが求められるでしょう。


【解説】

労働契約法第15条は、従前からの裁判例の傾向を踏まえ、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めています。すわなち、懲戒処分が有効であるためには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であること等が求められます。

労働者は、確かに、労働契約を通じて、使用者が運営する組織に組み込まれますし、使用者の利益を考えて動く義務(忠実義務)を負いますが、使用者が職場秩序の維持を労働者に求められるといっても無制限ではなく、労働者の私生活に対する使用者の一般的支配までを生ぜしめるものではありませんし、業務時間中の行動であっても、労働者の人格を尊重した対応が求められます。したがって、従業員の私生活上の言動が懲戒対象となるのは、事業活動に直接関連を有するものおよび企業の社会的評価の毀損をもたらすものに限られますし、業務時間中の行動でも、人間として通常認められるべき自由を侵すような指示や懲戒は認められません。多くの企業が、就業規則に、広く労働者の行為を処罰できるような規定(包括的条項)を設けていますが、一般的に、判例は、このような見地から限定的に解釈し、懲戒権の発動を厳しくチェックしています。

 

1.①マスクの着用(社内/社外)について

新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するために、マスクを着用することは、厚生労働省などの行政機関から一般的に要請されていることであり、感染症対策が事業活動の円滑な遂行にも繋がるため、会社が従業員に対し、勤務時間中について、社内・社外を問わずにマスク着用を義務づけることは、合理的な理由があるものと認められるでしょう。また、勤務時間外についても、マスク着用は、私生活上の行動を制限する程度はさほど高いものではないため、これを義務づけることが、一概に過度にわたる私生活上の行動の制限とは言えないでしょう。
もっとも、従業員がマスクを着用しなかったということだけをもって、直ちに懲戒処分に及ぶことは適当ではありません。会社としては、マスクを着用しない理由を従業員から確認すべきです。マスクを準備できなかったためであれば、会社がマスクを準備すべきでしょう。あるいは、マスク着用の感染防止効果を疑問視する医学的見解に基づいてマスク着用を拒否しているのかもしれません。このような場合には、他の従業員、顧客や取引先の抱く心配に配慮することが、会社の業務として求められており、従業員として会社の業務が円滑に運営されるように協力する義務があることを説明するべきでしょう。このように、従業員側の事情や認識等を確認し、それに応じた対応を考慮することなく、直ちに懲戒処分に及べば、社会通念上相当性を欠くと判断され、懲戒処分は無効とされる可能性があります。
実務的には、懲戒処分を背景に強制するよりも、マスク着用の必要性を丁寧に説明し、自発的にマスクを着用してもらうことが重要です。それでも着用しない場合は、取引先に同行させない、会議に出席させない、他の従業員から距離を置いて業務を行わせるなど、従事することができる業務を制限することで、間接的にマスク着用を促すことも考えられます。

 

2.②恋人・友人らに会うことの禁止について

新型コロナウイルスは、主として飛沫感染と接触感染によって感染するとみられていますが、閉鎖された空間や近距離での多人数の会話等にはエアロゾル感染(ごく微小なしぶきが空間中に漂うことによる感染)のリスクがあるために、注意が必要とされています。したがって、会社が、従業員の感染リスクを最小化するために、恋人・友人らとの面会の禁止を考えることも理解できます。
現に、医療者、運行乗務員など、多くの人々と密接に接触する職種であって、その他に適当な感染抑制手段がない場合には、接触に際して感染の有無を確認する、接触の方法を制限する等の措置を講じること、それに従わない場合に懲戒処分を下すことも可能となり得るでしょう。
とはいえ、恋人・友人らとの面会を一般的に禁ずることは、従業員の私生活上の行動を大きく制限することになり、感染防止という目的に照らして制限の程度が大き過ぎるため、そのようなルールの合理性に疑問がありますし、少なくとも、業務命令をもって強制したり、違反に対して懲戒処分をしたりすることは法的に無効とされる可能性が大きいと言えます。会社においては、実効的に従業員の感染を防止するためにも、いざという場合に懲戒処分を下すための手順としても、産業医等の協力も得て、少しでも確かな医学情報を従業員に提供し続けたり、従業員同士で話し合う場を持たせる等して、感染防止のための行動の必要性を認識させ、慎重な行動をとるよう促していくことが重要です。

 

3.③家族に発熱が続く者がいる場合の申告、④本人に感染症が疑われる症状がある場合の申告について

会社が、これらの情報を把握し、当該従業員を自宅待機させる等して、職場での新型コロナウイルス感染症の拡大を防ごうとすることは、合理的な措置といえるでしょう。もっとも、これらの情報は、従業員にとって機微(センシティヴ)なプライバシー情報といえますから、申告に躊躇することを一概に非難はできません。
会社は、先ずは、休業による不利益の緩和を含め、従業員が不安を抱くことなく、安心して会社側にこれらの情報を提供できるような環境を整備することが重要になります。例えば、従業員に対して、これらの情報を感染症対策という目的の範囲内で利用することを明確にし、誰がどのような権限で取り扱うのか、どのような方法で管理するのか等についても、予め規定して公表しておくことが重要です。
会社が、このような環境を整備してもなお、従業員が申告しなかったことを理由に懲戒処分をした場合、指示違反の態様、それによって生じるリスクなどの事情によっては、合法と解されるでしょう。
このように、従業員の心情や生活に配慮し、不安なく会社の施策に協力することができる環境を整えることが、感染防止対策を実効的なものにするでしょう。

以上


(参考文献)

1.菅野和夫.労働法(第12版).東京:弘文堂,2019:712-713.
2.三柴丈典.労働者のメンタルヘルス情報と法.京都:法律文化社,2019.

 

〈執筆者〉

淀川 亮(弁護士法人英知法律事務所・弁護士)
小島 健一(鳥飼総合法律事務所・弁護士)