個人事業者に対する安全衛生対策について
個人事業者に対する安全衛生対策について
~建設アスベスト訴訟最高裁判決を踏まえた対応と個人事業者保護強化の検討~
厚生労働省安全衛生部労働衛生課産業保健支援室
中村 宇一
1. はじめに
労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)は、第1条の法目的にあるように、「労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保する」ことを一義的な目的としており、これまで保護すべき対象は、事業者に雇用されている「労働者」と位置づけ、各種施策を実施してきた。
しかしながら、建設作業で石綿(アスベスト)にばく露し、肺がん等に罹患した元労働者や一人親方が、国を相手取り、規制が十分であったかが争われた「建設アスベスト訴訟」の最高裁判決が昨年5月に出され、石綿の規制根拠である安衛法第 22 条は、労働者だけでなく、同じ場所で働く労働者でない者も保護する趣旨との判断がされた。
この最高裁の法解釈により、これまで労働者に限定していた安衛法の保護範囲に関する考え方を見直す必要が生じている。
2. 建設アスベスト訴訟最高裁判決のポイントと法令改正
前出の建設アスベスト訴訟では、争点の一つとして、一人親方や中小企業事業主も安衛法の保護対象かどうかが争われた。
この点について、最高裁は、①安衛法第1条は「快適な職場環境の形成を促進すること」とされており、その対象は労働者に限定していないこと、②石綿の規制根拠である安衛法第 22 条では、その保護対象を労働者に限定していないことを前提として、「安衛法第 22 条に基づく掲示義務規定は、特別管理物質を取り扱う作業場という場所の危険性に着目した規制であり、その場所において危険にさらされる者が労働者に限られないこと等を考慮すると、特別管理物質を取り扱う作業場における掲示を義務付けることにより、その場所で作業する者であって労働者に該当しない者も保護する趣旨のものと解するのが相当」と結論づけ、労働者以外の者に対しても規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠き、国家賠償法第1条第1項の適用上違法とした。
この最高裁判決により、安衛法第 22 条の適用範囲は、労働者に限定されないという前提に立ち、同条に基づいて定められている各種省令等の規定で、その対象を労働者に限定しているものは、すべからく見直しの検討が必要となった。この際、訴訟は石綿に関するものであったが、最高裁の示した判断は、石綿に限定されるものではなく、第 22 条の一般的な解釈と解されたことから、石綿だけでなく、原材料、ガス、蒸気、放射線、高温等の第 22 条が対象とする全てのものを見直しの対象とした。
最高裁が示した場所の危険性は労働者以外にも等しく及ぶという考え方に基づき、労働政策審議会安全衛生分科会における検討の結果、安衛法第 22 条の規定に基づいて定められている 11 の省令について、以下の見直しを行い、令和4年4月に改正省令を公布した(施行は令和5年4月を予定)。
①労働者以外の者にも危険有害な作業を請け負わせる場合は、請負人(一人親方、下請業者)に対しても、労働者と同等の保護措置を実施すること。
・有害物の発散防止装置等の稼働について、請負人のみが作業する時も稼働させる、使用を許可する等の配慮を事業者に義務付け
・保護具の使用について、保護具の使用が必要である旨を請負人に周知することを事業者に義務付け
・安全確保のための作業方法について、作業方法の遵守が必要である旨を請負人に周知することを事業者に義務付け
・作業終了時の身体の汚染除去等について、汚染除去等が必要である旨を請負人に周知することを事業者に義務付け
②同じ作業場所にいる労働者以外の者(他の作業を行っている一人親方や他社の労働者、資材搬入業者、警備員など、契約関係は問わない)に対しても、労働者と同等の保護措置を実施すること。
・事業者による労働者の立入禁止、喫煙・飲食禁止の措置について、労働者以外も措置対象に追加
・事業者による危険性等に関する掲示について、労働者以外も掲示対象に追加
・事業者による事故発生時等の労働者の退避措置について、労働者以外も措置対象に追加
3. 個人事業者の安全衛生を巡る課題
安衛法の保護対象を労働者以外にも広げることについては、第 22 条に基づく省令の見直しを検討した安全衛生分科会において、以下の議論がなされた。
・場所の危険性は労働者以外にも等しく及ぶという考え方に基づくのであれば、安衛法第 20 条(機械等による危険)や第 21 条(掘削作業、高所作業等による危険)に基づく省令も同様に見直すべきではないか。
・発注者による措置も検討するべきではないか。
・個人事業者自身による措置も検討するべきではないか。
こうした議論とともに、個人事業者等においても災害が多く発生している状況を踏まえ、個人事業者等に対する安全衛生対策について広く検討する場を設けることとした。
4. 個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会の議論
こうして「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」が令和 4年5月に設置され、これまで(令和4年8月末現在)4回に亘り議論が行われている。
個人事業者を巡っては、建設業の一人親方、運送業の個人事業者、IT フリーランス、芸能従事者、フリーのイラストレーター等々、業種・業態によって、契約形態、課題、災害の発生状況が大きく異なることから、これまで様々な業種の団体からヒアリングを進めているところであり、今後、以下の3つの観点からさらに検討を深めていくこととしている。
①危険有害作業に係る対策(個人事業者自身、注文者等による対策)
<検討の論点>
・個人事業者自身による措置やその実行性を確保するための仕組みのあり方
・個人事業者以外も含めた災害防止のための発注者による措置のあり方
・発注者以外の災害原因となるリスクを生み出す者等による措置のあり方
・個人事業者や小規模事業者に対する支援のあり方
②危険有害作業に係る対策(事業者による対策)
<検討の論点>
・安衛法第 20 条、第 21 条等に基づく省令の見直し
③危険有害作業以外の個人事業者等対策(過重労働、メンタルヘルス、健康管理等)
<検討の論点>
・過重労働等の健康障害防止のための措置及びその実行性を確保するための仕組みのあり方
・個人事業者や小規模事業者に対する支援のあり方