第1回「不妊治療と仕事の両立支援」~産業保健スタッフの立場から~
第1回「不妊治療と仕事の両立支援」~産業保健スタッフの立場から~
株式会社SUMCO 統括産業医
彌冨美奈子
1.性別問わずに配慮を
日本で不妊治療を受けている女性を対象とした研究によると、不妊治療開始時に就労していた女性労働者のうち、16.7%が不妊治療後に離職しており、「職場でのサポートがない」ことが離職の要因のひとつであることが示されています。不妊治療をうけている日本人女性を対象とした別の研究では、心理的苦悩が増す要因として「世帯年収額の影響」が上がっています。女性が不妊治療のために転職、さらに離職するケースでも、男性は、治療(への協力)しながら、経済的な理由から仕事を続けていくことが求められます。不妊で悩むカップルの 30-50%は男性側にも原因があるとされ、男性不妊症の診断を受けた場合、その他の不妊因子による場合と比べ、男性の心理的負荷が大きくなります。不妊治療の負担は相対的に女性側に重くのしかかり、キャリアへの影響も大きいことから、女性に目を向けがちですが、男性の不妊治療に係る負担も少なくありません。不妊治療については、性別を問わずに配慮が必要です。
2.職場側に伝えるハードルを下げる工夫を
不妊治療休暇制度やフレックスタイム制度など、不妊治療中の社員が仕事を継続しやすい制度を導入することも重要ですが、その前提として、まずは「不妊治療を行っている」という秘匿性の高い情報を職場に伝えるという最初の大きなハードルを下げる必要があります。厚生労働省では令和 4 年 4 月に企業側と仕事と不妊治療の両立を行う従業員の方をつなぐツールとして不妊治療連絡カードを作成しています。従業員が不安なく会社に提出して配慮が受けられるように、社内での不妊治療連絡カードの取り扱いを定めた上で従業員に周知することが必要です。
私が在籍している企業では、健康要管理者基準として、治療と仕事の両立支援に係る書式(勤務情報提供書、主治医意見書等)及び母性健康管理指導事項連絡カード、今年 4 月から新たに不妊治療連絡カードを追加し、文書類の管理方法や主治医からの指導事項に基づき産業医から出された配慮事項を職場へ通知する流れ等を文書として制定しています。
3.プレコンセプションケアに着目する
不妊治療の支援の充実に加え、医学的・科学的な知識を基に、個人が自分の将来を考え、多様な希望を実現することができるようプレコンセプションケア(注1)として男女問わず、若い世代に教育を行う取り組みも、仕事・キャリアを含めた生涯設計をする際の一助となります。
注1: コンセプション(Conception)は受胎、つまりおなかの中に新しい命をさずかることをいいます。プレコンセプションケア(Preconception care)とは、将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うことです。(国立成育医療研究センター・プレコンセプションケアセンター https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/index.html)
「プレコンセプションケア」をみんなの健康の新常識に(荒田尚子先生-スマート・ライフ・プロジェクトhttps://www.smartlife.mhlw.go.jp/event/womens_health/2021/lecture2)
参考文献:
・Imai Y et al. Risk factors for resignation from work after starting infertility treatment among Japanese women: Japan- Female Employment and Mental health in Assisted reproductive technology (J-FEMA) study. Occup Environ 78(6).2020.
・森 明子 不妊症カップルのメンタルヘルス. 女性心身医学.26(3).2022.
・厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業 我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究平成 27 年度層厚・分担研究報告書 ダイジェスト版 研究代表者 湯村寧
・竹家 一美 「男性不妊」という経験-泌尿器科を受診した夫たちからの語りから ジェンダー研究.20.2017.
・男女共同参画白書 令和 3 年度版 内閣府 第 8 章生涯を通じた健康支援 第 1 節生涯にわたる男女の健康の包括的な支援