人事労務 第2回「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」
WHO職場のメンタルヘルス対策ガイドライン
北里大学 医学部 公衆衛生学 教授 堤 明純(本学会理事・編集委員会委員長)
2022年9月28日、世界保健機関(WHO)により、「職場のメンタルヘルス対策ガイドライン」が出版された(https://www.who.int/publications/i/item/9789240053052)。
職場のメンタルヘルス対策ガイドラインは、労働者の精神健康の保持増進、精神的な健康問題の予防、精神的な障害と関連した支障を有する労働者の職場復帰および就労継続に関する介入方策について、科学的根拠に基づく12の推奨事項を提供した文書である。「すべての労働者」「ヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する労働者」「精神的な問題のある労働者(当事者)」の3つの対象について、「組織的な介入」「管理監督者トレーニング」「労働者へのトレーニング」「個人向け介入」「精神的な問題による休業後の職場復帰」「精神的な問題のある当事者の就労」といった6種類に分類した介入方策に関する推奨事項が整理された。以下、ガイドラインの推奨事項を要約する。
推奨1:科学的根拠の確実性はとても低いものの、すべての労働者の精神的苦痛を軽減し、アブセンティズムやプレゼンティイズム等の仕事に関連するアウトカムを改善するために、参加型アプローチを含む、職場の心理社会的要因への組織的な介入の実施を検討することを条件付きで推奨する。
推奨2:科学的根拠の確実性はとても低いものの、ヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する労働者の精神的苦痛の軽減および仕事関連アウトカムの改善に、作業負荷の低減や作業スケジュールの変更、コミュニケーションやチームワークの改善など、職場の心理社会的要因への組織的な介入の実施を検討することを条件付きで推奨する。
推奨3;科学的根拠の確実性はとても低いものの、心理社会的障害を含む精神的な問題のある労働者のために、国際人権原則に従って、合理的配慮を行うことを強く推奨する。
推奨4:メンタルヘルスに関する管理監督者の知識、態度、行動、および部下(すべての労働者)の援助希求行動を改善するために、部下のメンタルヘルス支援のための管理職トレーニングを行うことは、科学的根拠の確実性が中程度であり、強く推奨する。
推奨5:ヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する部下のメンタルヘルス支援のため、メンタルヘルスに関する管理監督者の知識、態度、行動を改善するためのトレーニングを行うことは、科学的根拠の確実性は中程度で、強く推奨する。
推奨6:すべての労働者のメンタルヘルスに関する知識および偏見を含む職場での態度を改善するために、メンタルヘルスリテラシーと気づきに関する労働者へのトレーニングの実施を検討することを、科学的根拠の確実性はとても低いものの、条件付きで推奨する。
推奨7:科学的根拠の確実性はとても低いものの、メンタルヘルスに関する知識および偏見を含む職場での態度を改善するために、ヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する労働者へのトレーニングの実施を検討することを条件付きで推奨する。
推奨8:科学的根拠の確実性は低いものの、すべての労働者に対し、ポジティブメンタルヘルスの促進、精神的苦痛の低減、作業効率の改善のために、マインドフルネスや認知行動的アプローチに基づく介入のような、労働者のストレスマネジメントスキルを強化するための心理社会的介入の実施を検討すること、また、労働者のメンタルヘルスと作業能力の改善のために、レジスタンストレーニング、筋力トレーニング、有酸素トレーニング、ウォーキング、ヨガといった余暇時間の身体活動の機会を検討することを、それぞれ条件付きで推奨する。
推奨9:科学的根拠の確実性は低いものの、ヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する労働者に対して、彼らのポジティブメンタルヘルスの促進と精神的苦痛の低減のために、マインドフルネスや認知行動的アプローチに基づく介入のような、労働者のストレスマネジメントスキルを強化するための心理社会的介入の実施を検討すること、または、精神的苦痛を経験しているヘルスケア、人道支援、緊急事態への対応に従事する労働者のために、ストレスマネジメントおよびセルフケアトレーニング、コミュニケーションスキルトレーニングのような心理社会的介入を利用できるよう検討することを、それぞれ条件付きで推奨する。
推奨10:科学的根拠の確実性はとても低いものの、精神的苦痛のある労働者に対して、その症状を低減し作業効率を改善するために、マインドフルネスや認知行動的アプローチ、または問題解決トレーニングに基づくような心理社会的介入の実施を検討すること、または、その症状を低減するために、有酸素運動やウェイトトレーニングのような身体的運動の実施を検討することを、それぞれ条件付きで推奨する。
推奨11:科学的根拠の確実性は低いものの、精神的な問題により休業中の労働者の精神症状を低減し休業日数を減らすために、1)仕事の改善(労働条件の改善、労働時間削減、作業内容の変更、業務負担削減、業務の段階的な再導入など)に加えて、心理的介入などの科学的根拠に基づくメンタルヘルスへの臨床的ケアの実施、または、2)科学的根拠に基づくメンタルヘルスへの臨床的ケアのみの実施、を検討することを条件付きで推奨する。
推奨12:科学的根拠の確実性は低いが、心理社会的な障害を含む重度の精神的な問題のある人々が雇用を得て維持するために、支援付き雇用(ソーシャルスキル訓練や認知行動療法などの介入を追加した支援付き雇用)のような、職業的および経済的なインクルージョンを促進するリカバリー志向の戦略を利用できるようにすることを強く推奨する。
そのほか、職場におけるメンタルヘルスのスクリーニングプログラムは、望ましい効果が望ましくない効果を上回る明確な科学的根拠が不足しているため、推奨も反対もしない。職場でスクリーニングプログラムを実施する場合は、1)スクリーニングで陽性となった人々への科学的根拠に基づく治療やケアへのアクセスするためのフォローアップの確保、2)スクリーニング結果を提供および解釈しフォローアップケアへの紹介を管理する専門家の関与、3)プライバシーと機密性の確保、4)スクリーニング陽性者の差別防止のため人権原則と倫理的配慮の順守を含める必要がある。