判例解説「日東電工事件」

判例解説「日東電工事件」

 

井上(司会)
第1回「判例解説」では、身体障害のある従業員の復職の可否や合理的配慮の範囲が論点となった日東電工事件を取り扱います。
最初に事案の概要を紹介し、弁護士の岡田先生から判旨の紹介や裁判例の流れ、本判決の意義等をご説明いただき、続いて、社労士の高野先生と保健師の矢内先生を交えてディスカッションを行います。
それでは、先生方、最初にひと言ずつ自己紹介をお願いします。

岡田(弁護士)
東京で弁護士をしております。労働条件を扱う弁護士は、東京や大阪ですと大体労働者側か使用者側かどちらかでやっていると思いますが、私は、専ら労働者側で事件を扱っております。労働弁護団という労働者側の弁護士の団体に所属をし、2017 年から 2019 年まで事務局長の仕事もしていました。顧問先の労働組合からご相談を受けたり、労働弁護団のホットラインで相談を受けて事件をやることもしております。この分野は、法律家とそれ以外の専門家の皆さんとの協働が必要な分野だと思っております。

高野(社労士)
私は東京で開業をして、社労士、心理職、キャリアコンサルタントの三つをしています。本学会の会員で、広報委員会委員をしております。入ったばかりで右も左も分からず、毎日大変緊張していますが、先生方に追いつけるよう取り組んでいます。

矢内(保健師)
企業で保健師をしております。一つの企業に長く務めている状況ですので、企業の中での産業保健スタッフとして様々なケースに対応してきました。今回のケースも非常に難しいなと思います。本日はいろいろな議論ができることを大変楽しみにしています。

井上(司会)
●日東電工事件の事案の概要
1. 当事者
・原告・・・1974 年生まれの男性。
 1999 年に期間の定めがなく、職種限定のない雇用契約にて、日東電工に入社。主に生産技術開発業務に従事、アメリカの大学に研究員として派遣あり。
 平成 14 年 4 月以降は尾道事業所に勤務(クリーンルームに入室して現場での状況を直接確認した上でシミュレーションや設計・試作を行うといったもの)

・被告・・・日東電工株式会社(資本金 267 億円。 従業員数 5000 人以上。包装材料・半導体関連材料・光学フィルム等の製造)
 尾道事業所内には、障害者を雇用し、同事業所の業務支援を行う特例子会社あり。

2.事実関係
・2014 年(平成 26 年)
 5 月 3 日、趣味のオフロードバイク競技の練習中に対向車と衝突する事故で負傷。頸髄損傷、頸椎骨折と診断。
 8 月 20 日、身体障害者等級 1 級認定、身体障害者手帳交付。
 10月 4 日から休職(休職期間満了日は 2017 年 2 月 3 日)
・2015 年(平成 27 年)
 9 月 30 日に症状固定と診断。両下肢完全麻痺、両上肢不全麻痺等が後遺障害として残った(詳細は下記)。

ア  原告には、本件事故に起因する頚髄損傷により、休職期間中である平成 27 年 9 月 30 日を症状固定日として、下肢完全麻痺(身体障害者手帳上の障害名「両下肢機能全廃」)、上肢不全麻痺(同「頚髄損傷による両上肢機能の著しい障害」)、神経因性膀胱及び直腸神経障害の後遺障害が残存した。
イ  原告は、下肢完全麻痺のため、外出ないし移動に際して車椅子を使用している。
ウ 原告は、神経因性膀胱及び直腸神経障害の症状として、自発的に排尿及び排便をすることができず、排尿について、在宅時には、1 日当たり 5,6 回程度、延長チューブ式セルフカテーテルを使用して清潔間欠導尿をし、外出時や睡眠中には、間欠式バルーンカテーテルの留置により対処している。排便については、1 週間当たり 2 回、下剤を服用し、訪問看護サービスによる介助を利用の上、数時間をかけて対処している。

・2016 年(平成 28 年)
 原告は 8 月頃に、 「会社に復帰したい」 との意向を伝えた。
 被告担当者が原告の自宅で面談した際、原告は尾道事業所への職場復帰の希望を伝えた。
 障害者雇用を行う特例子会社との雇用契約締結に関しては否定的であった。
 12 月 20 日、被告は原告に対して、復職の申し出をするのであれば従前の業務で就業規則通りの勤務(週 5 日)ができること等を示す医師の診断書の提出を求めた。
・2017 年(平成 29 年)
 1 月 6 日、原告は被告に主治医作成の診断書を提出した。
 診断書には「業務は車椅子移動で可能なものに限定されるが、就業規則通りの復帰が可能であり、就業に伴う疾病悪化リスクはない」旨が記述されていた。
 1 月 23 日、「休職期間の延長等申し入れ及び質問事項書」と題して、在宅勤務及び被告が通勤費用の全額を負担することなど、原告が求める合理的配慮を記載した書面を被告会社に送付した(詳細は下記)。

私が合理的配慮として求める復職後の労働条件を、記載致します。私が復職した後の、貴社の私に対する安全配慮義務も考慮の上、私が求める復職後の労働条件を認めるのか否か、文書でご回答ください。
・在宅勤務。週1回を限度に必要な時だけ尾道事業所へ出勤。
・裁量労働を適用し、在宅勤務をできるようにすること。
・新幹線、介護タクシー等、全ての通勤費用は貴社負担。
・障害者職業生活相談員の選任。
・復職時期が 2017 年 2 月 3 日以降に遅延、復職準備が間に合わない場合、職場環境整備(机の高さなど)の不備で業務に従事できない場合には、通常勤務したものとして、基本給、扶養手当、裁量労働、その他の手当,賞与を支給。

 1 月 27 日に復職審査会とそれに先立つ原告との産業医面談が行われた。
 産業医は、面談の結果に基づいて、「復職可能とは判断できない」との意見書を提出した。
 会社は 2 月 3 日に就業規則通り休職期間満了とし、雇用契約を解消した。
 原告は、休職期間満了時に休職事由が消滅しており、雇用契約が終了していないとして地位確認のための訴訟を起こした。

 

岡田(弁護士)
●判旨の紹介
 事実を補足しておくと、原告は、元々事故に遭われた時は、広島の福山市に住んでいて、事故後、実家の近くの神戸市にバリアフリーの新居を建て、復職の交渉をしている際には、神戸市にお住まいでした。また、原告は、元々、尾道事業所で生産技術開発の仕事をされていましたが、会社は尾道事業所以外にも、大阪市北区の本社と茨木事業所の三つがあります。最終的に、原告は、尾道事業所に戻りたいという意向を示されましたが、当初はそれ以外の仕事、尾道事業所以外もありうるような発言をされていました。
 判決の結論から申し上げると、地裁判決では、休職事由は消滅したとは言えないということで原告の地位確認請求が棄却されました。原告側が控訴しましたが、大阪高裁も、ほぼ地裁判決を引用するような形で、控訴を棄却しました。
 判断枠組みとしては、休職事由が消滅していれば、退職扱いが無効になり、地位確認請求が認容されるということなのですが、休職事由が消滅したと言えるためには、どこまで回復していればいいのかという点が、今までの裁判例でも争われてきたところです。
 今回の判決では、片山組事件という、休職事由の消滅の有無が直接争われた事件ではなくて、賃金請求権の存否が争われた事件の枠組みが使われています。賃金請求と復職の可否とが同じ要件で良いのかというのは、いろいろ考えなくてはいけないところもあると思いますが、今回の判決は、片山組事件最高裁判決の判断枠組みを引用しています。
 原則として、元の職務を通常程度行うことができる健康状態に回復したと言える場合は、債務の本旨に従った履行の提供ができるので、休職事由が消滅したといえます。そして、片山組事件最高裁判決は、職種限定がないような場合には、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供することができ、労働者がその提供を申し出ているならば、元の職務ではなくても債務の本旨に従った履行の提供があると認められる旨判示しています。本判決は、本件における休職事由の消滅の有無も、この判断枠組みに従って判断しましょうということを言っています。
 まず、原則の方、元の職務を通常程度行うことができたかどうか、そういう健康状態に回復していたのかどうかですが、この点について、判決は否定的な見方をしています。元々、尾道事業所で週 5 日働いていたため、判決は、まず、尾道事業所に週 5 日程度出勤できる状態だったのかを検討しています。しかし、原告は、事故後、排尿や排便を介助を受けて時間をかけてやらないといけない状況になっていること等を踏まえると、判決は、週 5 日、神戸から尾道事業所に出勤する形態で労務を提供することはできないと言っています。
 次に、判決は、休職前に尾道事業所でやっていた生産管理業務を、現時点で通常程度行えるのかどうかという点も検討しています。しかし、この点も、当該業務がクリーンルーム内で作業する必要があること等からすると、尾道事業所での勤務可能日数等の点を度外視したとしても、当該業務を通常程度行うことができるとはいえないと言っています。
 なお、原告は障害者ということになるので、平成 28 年に改正法が施行された障害者雇用促進法の合理的配慮が必要とされます。それに基づいて合理的配慮指針もできていますが、原告は、会社がその合理的配慮を行えば、元の仕事に従事することができたと主張していました。
 この点について、合理的配慮は必要ではあるが、事業主に過剰な負担を及ぼすこととなるときはこの限りないという例外があります。今回のケースでは、合理的配慮指針に書かれている程度の措置では、原告の業務の遂行は到底困難であり、仮に何か措置をするとしても過剰な負担になってしまうので、そこまで配慮する必要はないと判決は言っています。
 以上から、判決は、従前の職務を通常程度に行うことができる健康状態に回復したとは認められないと言っています。
 次に、判決は、例外の方、すなわち、従前の職務が難しいとしても、配置の現実的可能性がある他の職務があって、労働者がその申し出をしていると言えるのかどうかということを、次の段階で検討しています。
 この点について、判決は、原告が尾道事業所以外での勤務を希望していなかったという点を踏まえて判断しています。すなわち、そもそも原告が配置転換を前提とした他の業務について労務の提供の申し出をしておらず、要件をみたさないため、尾道事業所以外の他の職務の可能性については具体的な検討をしませんでした。
 以上のことから、休職事由が消滅したとは言えないということで、退職扱いは有効と判断されています。
 高裁も、地裁とほぼ同じ判断です。原告側は、仮に尾道事業所を希望していたとしても、それ以外の職務の配置の現実的可能性について検討すべきだと主張しましたが、高裁は、原告が最終
 それが徐々に緩和されてきて、昭和 59 年のエールフランス事件判決では、従前の職務に直ちに復帰することが難しくても、しばらく簡単な職務に従事させて、少しずつ通常業務に復帰させるような配慮が必要であるとしました。そして、そのような配慮をせずに行った退職扱いを無効と判断しました。
 また、賃金請求の論点ですけれども、先ほど申し上げた片山組事件の最高裁判決が平成 10 年に出ました。それ以降、休職事由の消滅に関しても、必ずしも従前の職務に従事できなくても、配置可能な他の業務があれば復職可能、すなわち休職事由が消滅したと言える場合はありうるとされ、会社側としても、そのような業務がないか検討する信義則上の義務があると判断されるようになりました。

●本判決の意義
 今回の日東電工事件も、片山組事件最高裁判決の判断を踏まえており、今までの裁判例とその部分で違いがあるわけではありません。しかし、具体的な配慮がどこまで必要かというあたりは、実務上難しいところであり、本判決は、その点で実務上の参考になるだろうと思います。
 今回は、労働者側の申し出を踏まえて、その範囲で配慮すれば足りると言っているので、そこをどう見るかというところが、ひとつの問題になるかなと思います。
 合わせて、障害者雇用促進法の合理的配慮が問題となっており、今回、そこがピンポイントで論点になっているところが特徴の一つと思います。
 例えば、平成 11 年に、東海旅客鉄道事件という身体障害者の復職の可否が問題となった事件の判決がありましたが、そのときは障害者雇用促進法の合理的配慮義務は制定されていませんでした。今回は、復職時の信義則上の配慮に加えて、障害者雇用促進法上の合理的配慮も必要になるので、そこをどう見るかが真正面から問われたというのが、今回の事案の特徴です。

井上(司会)
 岡田先生から判旨や判決の意義等をご説明いただきましたが、矢内先生は、組織内の産業保健師としての立場から、本裁判の事案を見て疑問点やお考えはありますでしょうか。

矢内(保健師)
 医学的に非常に厳しい状況が推測できる中で、会社がどこまで配慮すればいいのか、会社の規模とか体力に合わせて可能な限りというラインについて、いつも迷います。こういうケース等で何か線引きできるようなラインがあるのだろうかと考えました。最終的には、このケースでは、通常業務に戻すのは厳しい印象を持ったものの、プロセスの中ではもう少し違った介入ができたのではないかと感じました。
 また、特例子会社があるような場合、働いている途中で障害者となられた方たちを障害者雇用に切り替えるプロセスは、法的にどういう枠組みで対応することが可能なのかという点にも興味を持ちました。

井上(司会)
 一つめにいただいた疑問、会社がどこまで配慮すればいいのか、その線引きや考える基準というものがあるのか、という点はいかがでしょうか。

岡田(弁護士)
 難しいところですが、今回の判決では、労働者が休職前と同じ尾道事業所に復職したいと言っている以上は、その範囲で復職の可否を考えればいいということを言っています。
 片山組事件最高裁判決は、「当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば…」と述べていていますので、これを前提にすると、労働者の申し出が必要であり、その範囲で配慮すれば足りるということになるようにも思えます。しかし、片山組事件の判示は、賃金請求の要件に関する判示です。すなわち、民法 536 条 2 項に基づく賃金請求の際に、それを認める前提として、労働者の履行の提供が必要だと言ったわけです。
 ですから、賃金請求の時には分かるのですけれども、休職事由の消滅の有無を判断する際にも労働者の申し出が必要なのか、そこまで厳格に考えてしまっていいのかという点は、私自身は少し疑問に思っています。
 今回、原告は、最終的には尾道事業所に復職したいと確かに言っていますけれども、その過程では、積極的ではないにせよ、茨木事業所も検討していると言ったり、多少労働条件が下がることも考えていると言ったりもしていました。このように、最初のうちはいろいろな可能性について言及していたという経緯もありますので、会社としては、必ずしも労働者側が明確に申し出なかったとしても、もう少し配慮をし、他の業務等について積極的な提案をしてもよかったのではないかと思います。判決よりももう少し広い範囲で、他の復職の可能性があり得ることを考えるべきだったという印象があります。
 労使のコミュニケーション不足があり、労働者も少し硬直的だったかもしれないですが、それを受けて会社側も大変硬直的な態度で、「とにかく尾道事業所と言っている以上、尾道事業所以外は検討しない」となってしまったので、お互いにとって不幸な結果になってしまったという印象があります。
 原告は、尾道事業所以外の他の事業所における勤務について、最終的には申し出ていないかもしれませんが、例えば在宅勤務のことは申し出ていたわけです。在宅勤務が本当に難しかったのか、あるいは最初のうち在宅勤務で少しずつ尾道事業所に出勤する日数を増やすことができなかったのかなども、もう少し検討されてもよかったのではないかと思います。また、原告は神戸市在住ではありますが、将来的に尾道に転居することがありうるのかなども、話し合う余地があったと思います。さらに、尾道事業所の生産技術開発に復職する場合、クリーンルームでの仕事は本当に不可欠だったのか、多少労働条件が下がったとしても、クリーンルームに入らない仕事のみに従事するという選択肢はなかったのかなども、もう少し検討されてもよかった気がします。
 また、茨木事業所については、最終的には原告の方から難しいと言っているのですが、その理由が、交通量が多いとか、門前に段差があるとか、そういう理由なのです。これらは合理的配慮でクリアできたかもしれません。使用者としてはこの辺りの配慮をしてもよかったと思います。
 さらに、クリーンルームでの仕事を前提とするとしても、身体障害者 1 級で相当難しいだろうとは思いますが、会社の規模も大きいですから、例えばクリーンルームの改築等ができなかったのか等も問題にはなります。判決では、改築費用がどれくらいかかるのか、それが現実的に可能なのか等の具体的な事情が書かれていないのでよく分かりませんが、その辺りの事情によっては、合理的配慮として、そういった配慮もあり得たかもしれないとは思いました。
 いずれにせよ、障害者雇用促進法の合理的配慮の趣旨等からすると、もう少しお互いが話し合うというスタンスで臨むべきだったと思いますし、そのようなスタンスで臨めば、違った結論もあったという風に感じています。合理的配慮指針でも、相互協力や話し合いが非常に強調されています。もちろん、これまで述べてきた内容が、使用者側の法的義務といえるのかは、別途慎重な検討が 必要です。休職期間満了時の使用者の配慮は、信義則上の義務ですので、そのラインが明確に法律で定まっているわけではありません。また、障害者雇用促進法上の合理的配慮の範囲も、そのラインが明確に線引きできるものではありません。さらに、法的な義務とされるライン(怠ると違法とされるライン)と、この範囲でやるのが望ましいというラインとは異なります。
 どこで線引きをすべきかは非常に難しいです。皆さんのご意見も踏まえて、今後、私自身も考えて行きたいと思います。

高野(社労士)
 規模の小さい会社の場合、大きい会社のように他の仕事があるわけではないので、どうしても原職に戻れず、結果として退職となるケースがあります。他の業務の可能性があればということと、本人の申し出があるならばということがありますが、この要件は小規模、中小企業ではどれくらい見ていかなければいけないのでしょうか。

岡田(弁護士)
 そこは事業規模によるところが相当大きいです。片山組事件最高裁判決も、配置の現実的可能性があるか否かは、「当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして」判断すると言っています。すなわち、無理をすればできるかもしれないけれど、現実的ではないよねという場合には、会社にはそこまでやる法的な義務まではないという判断になります。ですので、大企業か中小企業かで、結論はだいぶ違ってくると思います。
 ただ、先ほど申し上げた通り、今回の事案は、相当な大企業で、他の配置の現実的可能性が結構考えられたはずの会社なので、その場合であれば、労働者が明確に申し出ていない場合であっても、会社側としてはもう少し具体的に検討してもいいのかなというのが私の印象です。

井上(司会)
 矢内先生の二つ目のご意見として、このケースのプロセスの中で、もう少し違った介入の仕方がなかったんだろうかということがありましたが、障害者雇用に切り替えるようなアプローチをする場合の方法や手続きの注意点はいかがでしょうか。

岡田(弁護士)
 やはり労働者が納得していないにも関わらず無理やりというのは難しいと思います。今回、この方の障害者雇用への切り替えは、それまでの自分のキャリアからは合わないとして、一貫して否定的な態度でしたので、特例子会社での障害者雇用はなかなか難しかったのではないかと思います。ですから、会社側としては、一応そこは提案をして誠実に説明をした上で、労働者が嫌だと言えば、検討の対象から外すとということで構わないと思います。ただ、念のため提案をすることは必要であると思います。

矢内(保健師)
 いろいろな可能性を探りながら提案をした中で、本人と合意形成をしていくのが重要である点、またその一つの選択肢として、会社として障害者雇用の提案をすることは良いという点が明確になりました。

井上(司会)
 社労士で心理職でもある高野先生から見て、この裁判の事案や判旨を見て、どのようなお考えやご意見を持ちましたでしょうか。

高野(社労士)
 争いにならないよう労使で合意形成を行いながら進めることを基本にしています。先ほどの岡田先生のお話にもありましたが、合理的配慮指針の中でも、使用者と労働者との話し合いのもとで進めていくと言及されています。
 そのことを前提で、この事案ではそもそもどのような話し合いが行われたのかという点がよく分かりませんでした。会社が提案する、労働者がそれを受けるかどうかを考えて答える、ということが、本当に話し合いに当たるのかということが疑問に残りました。労働者は、最初は尾道事業所でなくてもいいという発言があったにもかかわらず、後に尾道事業所でないとダメだと変わって行って、その間に何があったのだろうかという点が非常に印象に残っています。
 障害をご本人の特性と捉えたうえで適正配置という観点から話し合いが行われることで、もしかしたら尾道事業所に固執するのではなく、別の業務にも就けたのではないか、そうだったら良かったのにと思います。合理的配慮を考える際に、どこまでの話し合いが合意形成として許されるのかという点を伺いたいところです。

岡田(弁護士)
 判決文を読んでも、具体的にどういう話し合いが行われたのかというのは読み取れないので、私も気になっているところです。
 やはり会社側としても、労働者の第一希望としては尾道事業所だったとしても、「ここだったらどうですか」みたいな話を具体的に提案して、その中身を時間をかけて話し合うべきだと思います。そこが、「労働者側の申し出がこうだから、もうこれでいいんだ」みたいな話だけになってしまうと、形式的な話し合いになってしまい、手続的にも問題があると思います。
 労働者としては、具体的に各職場の実情を知ることは難しく、とくに大企業の場合は、全ての配置可能な職を労働者が把握しているというのは少ないと思います。ですので、そこはもっと積極的に、会社の方から提案していくことが望ましいと思います。それを怠っていると、場合によっては、会社の対応が配慮義務違反ということで、復職可能(退職扱い無効)との判断につながっていく可能性もありますので、会社側としても慎重かつ丁寧にやっていく必要があると思います。

高野(社労士)
 合理的配慮指針の話し合いの程度や、内容について、引っかかっていたのですが、会社側が具体的な提案をしているにもかかわらず、最終的に労働者がそれでも嫌だと言ったら、それ以上何か配慮するまでの義務はないし、それを無理やりすることもできませんので、そこが線引きのひとつになるのではないかと理解しました。ただ、会社側の具体的な提案もない中で、労働者が嫌だと言っているところだけを捉えて、もう配慮しませんというような姿勢は問題があるのだと感じました。

岡田(弁護士)
 この方の場合、元々、生産技術開発業務という難しい仕事をしていましたので、こういう状況になっても元の職場に戻りたいということが、本人の希望としてはあったのだろうとは思います。ただ、現実を踏まえるとそれが難しい中で、もう少し労使がお互いに腹を割って話し合いができていたら、もしかしたら原告にマッチする配転先も見つかったのかなという気がしています。そうであれば、訴訟にもならずに、お互い円満に解決ができたかもしれません。

高野(社労士)
 先生から、腹を割ってという言葉が聞けたのがうれしいです。

岡田(弁護士)
 それは本当に大事なことです。会社側としても訴訟に応じる負担は大きいです。原告は、身体障害者 1 級の方ですので、そのような方への配慮は難しい面があったとは思います。とはいえ、これだけのキャリアがあって能力的には高い方ですので、この方の経験を活かせるような仕事を社内で見付けることはできなかったのだろうかという気はします。そのような仕事を見付けられたほうが、会社にとっても望ましかったのではないかと思います。その辺りの話し合いがうまく行かず、訴訟に至ってしまったことが、今回残念に思いました。

井上(司会)
 先生方がお話ししていた通り、コミュニケーション不足でお互いがかたくなになって裁判に至るというケースは多いですが、組織内の保健師の立場でいらっしゃる矢内先生は、障害を持った従業員の方と会社がコミュニケーションを取る上でのコツ、腹を割って話すために留意すべきことはございますでしょうか。

矢内(保健師)
ケースの状況によって柔軟に対応する状況ではありますが、もしこのケースを担当したらどう対応するだろうかとイメージしました。通常は休職を開始した時点から復職のフォローを始めるので、休職開始時の説明や、休職中の相談窓口として関わることが想定されます。また、実家での療養なので家族との連携をとったり、主治医と産業医の意見が乖離しているので、そこをすり合わせるために病状照会や同行受診を重ねることも必要なかかわりだと思います。
 特にこの方は、仕事以前に日常の生活に大きな変化があります。初期の直接的なかかわりが難しくても、症状固定してから復職の意思を表示するまでに 1 年ぐらいの期間があるので、その間少しずつでも、本人との接点を持ち、思いや考えを受け止めるといったプロセスをまず大切にしたのではないかと思います。
 併せて、その時間を使って、会社の中での受入れ体制を検討することができたのではないかと思いました。本人が合理的配慮を求める文章をいきなり出してくる行為が起きる前に、もう少し何か対応ができたのではないかと考えさせられました。
 産業保健スタッフは、休職中の従業員と会社との接点になることも多く、コミュニケーションのパイプをつなぎ続けるという点を常に意識しています。本人が希望すれば、厳しい状況であっても会社としてギリギリまで復職の可能性を探るという姿勢をずっと示し続けサポートする、という関わりを持ちます。そういう丁寧なプロセスを取った場合は、最終的に休職期間満了で退職になったとしても、お互いに握手して人生の次のステップに進めるような、そんな経験も多いです。
 一見遠回りに見える地道な対応ですけれども、この地道な関わりが非常に大事なのかなと感じています。

高野(社労士)
 今矢内先生がおっしゃったことは中小企業でも同様で、復職の可能性を最後まで探りながら、面接を繰り返しています。復職プランを作って、何回も面接ややり取りをしていますが、大企業でも同じように地道な対応が行われていることを知って、私も少し自信がつきました。
 仮に退職されるときでも、本人が納得する形になるのが一番いいですから、今後も地道なやりとりを続けていきたいと考えました。

井上(司会)
 この裁判は、身体障害者の方のケースでしたが、精神障害とかメンタル疾患、また発達障害ということだと、考え方が変わってきたりすることがあるのでしょうか。また、会社としてより配慮しないといけないことがあるのでしょうか。

岡田(弁護士)
 確かに、本件は、原告が身体障害者1級だったというのは大きいと思います。精神障害やメンタル疾患の場合、判断の枠組みは変わりませんが、判断の中身は変わってくる可能性があります。
 精神障害等の場合、従前の職務に従事できるか否か等の具体的な判断の中身は、もう少しいろいろ検討しないと、こんなにあっさりと無理という結論にはならないかもしれません。

高野(社労士)
 精神障害の場合は、元の業務が原因で発症するという例もありますので、元の職場に復帰するのが本当に適正かどうかは、本人と、産業医や主治医と話し合いながら、経営者や人事と話し合いながら進めます。さらに、例えば、心理職がフォローアップを担当する、1 カ月に 1 回面談を入れる、ストレス発散に取り組む、周りの方のケアなども行ったりして復職の支援をしますが、なかなか難しいです。

岡田(弁護士)
 合理的配慮の中身も精神障害の場合には難しいです。
 繰り返し述べているとおり、そもそも私は、労働者からの申し出がないからという理由で切ってしまうことは、身体障害の事案であっても、かなり疑問を持っています。具体的な申し出がなかったとしても、会社は配慮をすべきだし、それが現実的にどれくらい可能だったのかという点を裁判所としては検討すべきだと思います。
 それが現実的に難しいということであれば、同じ結論になるかもしれないですが、やはりいろいろな可能性を具体的に検討することは必要だと思います。精神障害の事案の場合は、なおさらそう言えると思います。

井上(司会)
 本日はありがとうございました。最後に先生方から一言ずついただいて終わります。

高野(社労士)
 先生方からいただいた言葉の中で、労使のコミュニケーションで進めていくことが重要だと改めて感じました。会社の提案や期待も、本人の希望もしっかり聞いていくことが必要です。この判例を元に考えるならば、精神障害はどうなのだろうとか、発達障害の場合はどうなのだろうとか、もう少し議論を深めていきたいと思いました。

矢内(保健師)
 こういう復職判断や合理的配慮のところが、今職場の中では課題になっていて、線引きが非常に難しいと考えています。本人の希望や状況、一方で会社として安全配慮をどう尽くすかといった視点など、個々のケースによって十分に検討するプロセスの大切さをあらためて考える機会となりました。今回のような法的な解説を伺いながらのケース検討や多職種での意見交換を重ねていくことで、少しずつその線引きや考え方も明確になってくると感じました。今後もさまざまなケースを勉強したいと思います。

岡田(弁護士)
 それぞれ立場が違う中で、先生方が悩まれていることなどを意見交換ができたので、私にとってもたいへん勉強になりました。労働者側の弁護士は、多くは事件になってしまってからケースに関与することが多いので、その前の段階で、どうやったら紛争を予防できるのかということを、先生方との議論を通じて改めて勉強できたので本当によかったと思います。
 やはりそこが一番重要だと思いますし、冒頭で申し上げた通り、いろいろな専門家が知恵を出し合って、立場の違いを超えて建設的な議論ができるところがすごく大きいと思います。産業保健法学会の趣旨はそこにあると思っていますので、こういう機会がこれからも続くといいなという風に思います。産業保健は、労働事件の中でも一番難しい分野の一つだと思いますので、他の事案も含めていろいろと考えて行きたいと思います。

 

 

【演者】
岡田 俊宏(弁護士・日本労働弁護団常任幹事)
矢内 美雪(保健師・キヤノン株式会社)
髙野 美代恵(社会保険労務士・オフィスME社会保険労務士事務所)

司会進行
井上 洋一(弁護士・愛三西尾法律事務所)