代表理事挨拶
代表理事就任にあたって
近畿大学法学部教授・東北大学大学院医学系研究科客員教授(産業医学分野)
三柴 丈典
先般の理事会における選挙により代表理事を拝命しました三柴より、就任の挨拶を申し上げます。
この学会は、関係の方々の強いご支援により、短期間に大きく成長しました。多職種から成る会員数は約1250名に達し、国内・国際で活発な活動を行っています。例年の学術大会も充実し、約1200名の参加を得るようになりました。例年にわたって厚生労働省からも大きな研究費を頂き、安全衛生法の来し方行く末に関する調査研究を蓄積して来ました。この過程で国際的な制度やその運用に関する情報も蓄積されています。多岐にわたる委員会も自律的に活発な活動を展開しています。講師派遣事業については、厚生労働省の示唆を受け、労働者健康安全機構から全国の産業保健総合支援センターに対して本学会との連携を推奨する文書が発出され、計15箇所以上のセンターで連続講座が実施されました。年間のべ2000名の受講者に「産業保健と法」の考え方をお伝えし、9割以上の有益評価を得ています。主に会員向けの e-learning 講座も充実し、のべ5000個以上の講座が購入されました。
学会が発行する和文誌は計約200本の原稿を掲載して年間約4万、英文誌は計約80本の原稿を掲載して年間約2万のアクセスを得ており、国内外で領域をリードする専門ジャーナルとしてのプレゼンスを高めています。引用も少しずつ増えてきて、特に英文誌はインパクトファクターの取得へ向けた歩みを着実に進めています。2025年には日本の労働安全衛生総合研究所との共催で、厚生労働省やEU-OSHA、英、独の政策関係者を招いたオンライン国際カンファを開催し、そのレポートがEU-OSHAのWEBサイトに掲載されました。2025年のEXPO2025では、産業保健法学に関する独立セッションが設けられました。英国産業衛生学会(SOM)との連携協定が締結され、年間2回のオンライン・カンファレンスが開催され、その記録は当学会の英文誌に掲載されています。今後、英国の媒体にも掲載される見込みです。
学会の理念を体現する体系書も出版されています。専門書としては、コンメンタール労働安全衛生法(法律文化社)、実務書としては、生きた産業保健法学(産業医学振興財団)が発刊され、多くの方々に読まれています。「手続き的理性」、「リスク創出者管理責任負担原則」、「生きた法」などの実務的な理論も打ち出してきました。
2025年度の厚生労働科学研究の募集要項では、労働衛生関係の研究プロジェクトのうち3本で、法の専門家が代表または分担を務めることが要件化されていたので、この学会の行政におけるプレゼンスも相当に高まったと考えられます。
では改めて、この学会の基本理念、意義は何なのか。
それは、現在、職場で生じている複雑で根深い健康・安全問題に対して、予防のための学際的な学問と実務の体系を構築することです。その際、医療者ばかりではなく、文系、特に法律系の実務家や学者との連携を図ることで、人や組織に関わる質的な問題解決に切り込もうとしています。法律論のもめ事対応力を予防に組み込むことを狙っています。特にメンタルヘルスでは、個人と仕事/人の相性合わせが重要なので、医療者だけでは難しく、その組み合わせが重要な意味を持ちます。
医療は量的に原因究明と対応を図ろうとし、法律論は利害や価値対立の問題を理論的に整理したうえで、制度や手順で合意を誘う。人や組織を口説くうえで、その連携が必要なのです。
予防法務には、社内規則の策定や契約の取り交わしなどの他に、人や組織を動かす智恵が多く含まれています。
例えば、大人数の会議でA派とB派が対立している時、特にその背景が利害や立場である場合、その場で議決すると大きなシコリを残す恐れがあります。そこで議長は一旦論題を引き取り、理解力が高く信頼された少人数でワーキンググループ(WG)をつくり、冷静な話し合いによって結論を得る。WGの構成員にその結論で会議メンバーを説得してもらい、概ね合意をとりつけたところで大人数の会議を再招集して議決する。そうすれば、さしてもめず、試行もスムーズにいき易い。文系にはこういう智恵がある。
医療と法律の連携は、あくまで端緒であり、経営学、安全工学、心理学などの関連領域も重要な連携対象です。
もっとも、この学会にも多くの課題があります。
私は創設者ですので、やむを得ませんが、これまでの過程でかなりの軋轢も経験してきました。正直なところ、医療者に頼り過ぎた産業保健政策は、ある種の縄張り意識も生んだと感じています。
会員の多くが、未だ情報の発信より吸収に力点を置いていることも課題です。学術大会での一般演題申込みや論文投稿、委員会委員への応募などがもっと増えると良いと思います。
そして何より、分野を跨ぐ専門性、実務と学問を跨ぐ視点を得ることは非常に困難で、後継の育成に苦心しています。まだ多くの知的財産や推進力、運営力が私に集中してしまっています。これらをもっと分散していく必要があります。既存の学問分野で専任ポストを得てもらうための工夫も必要です。
これらの課題解決のため、私自身は、新たな企画の推進による学会の魅力の向上と共に、大学院や私塾での中軸メンバーの育成、学術大会での多職種、問題解決型のシンポジウムの構成などを図っています。理事と会員とのオンラインでの意見交換会も実施します。
新たな企画としては、予防構築学構想を進めています。これは、各専門分野に散っていた予防の理論と情報を統合して、経営者から自然に必要とされる予防の学問体系と人材を育成しようとするものです。疾病予防(産業保健)、災害予防(安全工学)、紛争予防(法律学)、倒産予防(経営学)の4つのユニットの統合を構想し、ユニットごとの統括者の内諾を得て、アカデミーの創設を図るべく、準備を進めています。例えばハラスメントの場合も、企業の業績が落ち込むと人心に余裕がなくなり、被害は精神疾患にももめごとにも発展するので、複数のユニットに跨がります。こうした複合的課題に対応するには、こうした複数の予防ユニットの統合が必要になると考えています。
会員各位には、上述の諸課題の解決に向け共に歩むべく、改めて本学会活動への積極参加をお願い申し上げます。
令和8(2026)年2月吉日