日本経済団体連合会にインタビューを行いました
学会広報委員会
日本では、人口の少子高齢化が進み、国民の健康意識も高まっています。そのような中で、これからの働く人の健康管理や健康経営の推進に関する経団連様のお考えをお聞かせください。
日本経済団体連合会(以下、経団連) 鈴木様
企業にとって、人材こそが競争力の源泉であり、社員が仕事へのやりがいと働きがいを感じながら、付加価値を創造してもらう環境づくりが重要だと思っています。そのためには、安全で健康に働ける環境を不断につくっていく必要があります。健康経営は、社員の健康維持を経営的視点から考え、戦略的に施策を実施するもので、そのような環境づくりに直結する取組だと思います。
人生100年時代において、意欲と能力のある高年齢社員が元気に働いてもらいたいと考えるのは、経営者の共通の思いではないでしょうか。また、厚労省は、昨年3月、エイジレスフリーガイドラインをまとめました。経団連は、その周知にとどまらず、例えば、ヘルパーを中心に高年齢社員が就労する介護施設を運営する企業が、腰痛予防に取り組むといった好事例を横展開しています。高齢化社会を支える基盤づくりに、経済界としても貢献していきたいと思っています。
学会広報委員会
近年、健康問題が関係する労働事件が増えています。また、本人の性格傾向と健康問題が強く関わるケースも増えています。本学会では、このような原因を完全に分けることができないような問題を、特定の誰かの責任を明確にして解決を図るのではなく、個人と組織が、それぞれ試行錯誤と対話を通じて、自分らしく生きられるよう、利害関係者の協力により解決する方向性で検討していくことを打ち出しています。経団連様の考え、本学会への期待があれば、お聞かせ下さい。
経団連 鈴木様
労働安全や衛生の分野では、例えば1次予防から3次予防まで、企業の取組みから行政手続きや司法まで、幅広い分野と様々なステージにおいて、法律、産業保健、化学物質、機械、建設、ストレス、リスクマネジメント、組織論、さらには心理学や行動経済学、AI・ICTのテクノロジーといった様々な知識を駆使しながら、多様な関係者が連携・協力していく必要があります。学会には、ぜひ、多様な関係者の間を取り持つ、懸け橋のような役割を担っていただきたいと思います。
その中でも、近年、働く人の中にメンタルヘルス不調者が増えています。企業は様々な取組みを行い、その防止に努めています。ケースごとにその要因は多様であり、また複合的な要因で発生している場合が多いため、この対策を行えば、必ず予防できるといった課題ではありません。経営トップ、管理職、本人、同僚、産業医、産業保健スタッフ、外部の産業保健機関、家族、国・行政機関などが連携・協力することが重要と感じています。
もちろん、事業主は安全配慮義務を負っており、社員の健康を確保するための対策は基本的に企業が行うものであり、安全衛生のメインアクターは事業主であります。一方、健康管理を行う主体は社員自身であります。与えられた職務を全う頂くには、健康の保持増進が大切であるという観点から、常にセルフケアを意識して、心身の不調を未然に防ぐよう努めて頂くことも重要です。事業主としても、社員の自助努力を引き出すことを目的に各種施策を積極的に実施すべきと考えます。こうしたことを考えただけでも、コミュニケーションを通じた協働が必要であると感じており、産業保健法学会の考え方に賛同いたします。
学会広報委員会
今後も、そのような取組が実践され、また働く人の意識向上を支援していくことを前提とした上で、さらにどのような課題があるとお考えでしょうか。
経団連 鈴木様
年齢にかかわりなく働くには、自己保健義務のもと、労働者自らが若いうちから、日常的な運動、食生活の改善等によって体力の維持と生活習慣の改善を図っていくことが求められます。これを実現していくには、まず早い時期(中学・高校)からの健康管理に関する教育が必要だと思いますので、教育関係者とのコラボレーションを強化していかなくてはなりません。また、健康や体力の維持増進には、その状態の客観的把握が不可欠です。AI、ICTの進展により、生体情報が計測可能なウエアラブル端末やスマホアプリが出てきていることから、今後、開発メーカーとのコラボレーションが注目されると思っています。
また、関係者との協働という点では、中小・零細企業に対する関係者の支援は優先順位の高い政策課題です。リソースが限られる中小・零細企業に地域産業保健センターなど公的資源を知って活用してもらったり、簡便で有効な安全衛生対策を打ってもらうための支援を行うことは決して容易ではありませんが、チャレンジし続けていくべきものと考えます。
学会広報委員会
本学会では、機械、電気、建設、土木、化学物質のなど、幅広い分野の労働安全衛生管理の課題についても検討したと思います。これらの分野では、産業構造が変化し、複雑化するなかで、個別事項を定めた法令管理から自律管理への転換の必要性が議論されています。そのような中で、本学会や構成する専門家が、社会や企業に貢献するには、どのような視点が必要か、お考えを聞かせ下さい。
経団連 鈴木様
化学物質の自律管理については、現在、厚労省の検討会で議論されています。毎年のように新しい物質が出てくる中、特化則による対応では限界があり、自律管理への転換は必然と考えます。また、例えば機械の分野では、協働ロボットが注目を集めていますが、この分野でも、単に法適合のロボットシステムを構築するということではなく、安全性と生産性を両立させるために独自のリスクアセスメントを行っていくことが必要とされています。
ただし、自律管理に移行すれば、安全性と生産性、効率性を企業や現場ごとに考えていくことになり、事業主側の負担も相当高まります。それを少しでも効果的、効率的に実践するために、学会で業種ごとにそれらの両立モデルを示していただければ、企業にとって大変参考になると考えます。また、自律管理を国全体でサポートする専門家の育成という視点も欠かせないと思っています。
学会広報委員会
その他、日本産業保健法学会への期待があれば、お願いします。
経団連 鈴木様
労働安全衛生は、医学的知見に基づく政策決定が多い分野ですが、例えば、ストレスチェックの集団分析など、施策の費用対効果が得られるかどうか疑問に思うところもあります。安全衛生法関係法令の改正が、毎年のように行われています。しかし、実効性ある施策とするには、中小・零細企業が対応でき、かつ、対応が出来るだけでなく、労使が納得する施策であることが必要です。そのためにも、「政策の立案・実施」をしたあとの「効果の評価・検証」が欠かせません。日本産業保健法学会には、政策のPDCAをしっかり回すため、ご尽力いただきたいと思います。
個別の課題になりますが、企業や健康保険組合が健康経営を進めるなか、健康情報を有効に利活用できる環境を一層整える必要があろうかと考えます。一般的に、健康情報は知れば知るほど、事業主にとって安全配慮義務の履行が求められる機会が増えます。健康情報の収集・利活用と、安全配慮義務の履行との関係をどう考えるかという視点は、過度な法規制を回避し、安全衛生関係者が自律的に労災の防止、健康の維持増進を図るうえポイントになる気がいたします。この点についても、検討いただきたいと思います。
もとより、わが国企業を取り巻く環境や個々人の働き方が変わってきています。安全衛生の法律・規則についても、実効性の観点から必要なものは残し、時代や環境にそぐわないものは見直す視点が必要です。そして規制は必要ですが、規制自体が目的化しては意味がないと思います。企業をはじめ関係者の安全衛生活動を活性化させることが、何より大切です。積極的に取り組む企業・関係者を応援するような法的な枠組みについても研究して頂くことを期待しております。いずれにしましても、御学会がリーダーシップを発揮され、わが国の労働災害の防止と健康保持に貢献されることを心よりお祈り申し上げます。
鈴木重也様 日本経済団体連合会 労働法制本部長 |
【ご略歴】 1991年4月日本経営者団体連盟に入職。 2002年5月に統合により日本経済団体連合会となった以降も含め、主に営業、法制、広報、人事賃金、 安全・衛生、労政を担当。2020年4月より現職。 |
以 上