日本産業保健法学会 広報委員会ディスカッション 第1回

先日行われた産業保健法学研究会(以下、産保法研)メンバーへのアンケート結果をもとに、本学会の広報委員5名がディスカッションを行いました。
産保法研の講座の受講生や講師でもあった5名が、本学会の来し方行く末について本音トークをしています。
3週3回にわたって掲載いたしますので、ぜひご一読ください。

参加者:

森本英樹(森本産業医事務所、産業医・社会保険労務士)
彌冨美奈子(株式会社SUMCO統括産業医)
中辻めぐみ(社会保険労務士法人中村・中辻事務所、社会保険労務士)
五十嵐侑(五十嵐労働衛生コンサルティング、産業医)
井上洋一(愛三西尾法律事務所、弁護士・中小企業診断士)

●はじめに

井上

本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございました。
産保法研のメンバーへのアンケート結果を基に自由なディスカッションを行って頂き、そこから本学会への何らかの示唆が抽出できればと思います。
「本学会が外部からどのような期待を寄せられているか」「その期待に応えるためには何を重視すべきか」といった感じでディスカッションを進めたいと思います。

●自己紹介

井上洋一(愛三西尾法律事務所、弁護士・中小企業診断士)

私は弁護士の井上と申します。本日の司会進行を務めます。
法律の専門家も、経営やマーケティング、お金のことも考えないといけないだろうということで中小企業診断士でもあります。
加えて、最初に大事なのは相手の心を受け止めることなんじゃないかなということから、メンタルヘルス法務主任者講座の第6期を受講しました。
法、お金、心、これの三位一体的な解決、そんなことができないかなと思いつつ、日々業務をしております。
先生方、一言ずつご挨拶いただければと思います。

彌冨美奈子(株式会社SUMCO統括産業医)

株式会社SUMCO専属産業医の彌冨と申します。
私はメンタルヘルス法務主任者講座の第7期を受講いたしました。
講座が期待以上に体系化されており、法律以外にも障がい者など幅広い内容が講義されていて視野がとても広がったので、本当に受講して良かったなと思っております。

五十嵐侑(五十嵐労働衛生コンサルティング、産業医)

仙台と東京で産業医をしております五十嵐と申します。
メンタルヘルス法務主任者講座の最後の第8期の受講生です。
「労働判例を拡大解釈するな、楯にするな」としばしば言われますが、やはり判例は一つの根拠やメルクマールとして重要であると思いました。
特に安全配慮義務は解釈の余地が大きく、企業での当てはめ方が様々なので、労働判例をヒントとして、その中で参考になる知見を学び、また使い方を学ぶことができました。

森本英樹(森本産業医事務所、産業医・社会保険労務士)

大阪で産業医事務所を開業しております森本と申します。
社労士や公認心理師などいろいろな資格を持っております。
産保法研の講師を第7期8期とさせていただきました。
弁護士の先生と二人で講師をする形を取らせていただいたので、私自身産業医としてはこういう場合はこうする、弁護士の先生だったらこういう形で見るという両方の視点からアプローチができました。
受講者の方にも意義があったと思うし、私自身も打合せのときからどんな内容を話すとか、どこが面白いかなという話をやり取りしていくのがとても自分自身の役に立ったので、すごく意義のある活動だなって改めて実感しました。

中辻めぐみ(社会保険労務士法人中村・中辻事務所、社会保険労務士)

社会保険労務士をしています、中辻と申します。
産保法研の第1期受講生です。
受講して改めて体系づけて学ぶことができ、自信をもって顧問先にアドバイスができるようになりました。
また横の連携も需要だと思っており、実際にいろいろと活動していくと産保法研で学んだ方とご一緒することが多くご縁を感じています。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

●Q1「あなたの職種に最も該当するものは?」について

― 井上
設問5問ございますので、1問ずつ順番に見ていきたいと思います。
まず、受講者の職種や属性を問う設問がございます。

医師、産業保健スタッフ、社労士など、産業保健の専門職や社会保険・人事労務に関わる方が多いです。
これらの方が強い問題意識を持って参画されてたんだなってことを感じます。
一方で、本来、産業保健の分野では多様なステークホルダーがいるはずなのに、意外とその方達が少ない。
弁護士の回答者は1名だけ、これは私なんですが……。
産業保健の専門家の方等の問題意識をどのように他の隣接したり関連したりする分野の方達に伝え分かってもらうのか、こういうことも本学会の課題になっているのかなと思いましたが、先生方はいかが思いますか?

― 彌冨
産業医・保健師などの産業保健スタッフや社労士の先生方が、産業保健の現場で課題に直面し、なんとか解決しようと思って奮闘し、非常に高い問題意識を持って参画していらっしゃるのではと思って見ておりました。

― 五十嵐
医師、保健師、心理師に少し偏っていて、弁護士が少ないというのが率直な感想です。
私は走り始めてから考える立場なので、あまりそこまで気にしなくていいのかなとは思っていますけれども、今後この学会がどのような展開を見せるかという点で、幅広いステークホルダーの方々に考えていただくような、そういう場にして行った方が良いと思います。

― 森本
私これを見て、相談する側と相談される側という感じがすごくします。
私は産業医なので、臨床医の先生方とのやり取りをしたりとか、連携を模索したりすることがあるんですけれども、臨床の先生方から産業医の先生に色々確認したいと考えていることはそれほど多くない。
産業医は、「今この病状どうなんですか」とか、臨床医に聞きたいこと、聞かないといけないことがたくさんあるんです。
一方で、臨床の先生方はまだその文化が多くないというか、臨床の先生方から本人や職場の方に「この人どんな働き方してるんですか。復帰する上で何か支障になっていることがありますか」とか聞かないことが多いように思います。
ご多忙だとか色々な事情があるのだとは思いますが。
同じパターンで、弁護士の先生方はいろんな労働問題を抱えてますけれども、「事態が悪化しないように、裁判で勝つためにどうしたらいいんですか」という相談をしたい産業医や産業保健スタッフ・社労士の側と、相談を受ける側の弁護士という形があります。
それがニーズの差となって、受講者の属性の違いに出ているのかなって思います。
もう一つ言うと人事ですね。
人事の人が少ないというのは本当に残念で、これから増えて欲しいと思います。
私は人事向けのセミナー講師を比較的多くしてるんですけど、人事って自社の課題を他の会社の人事と話すっていう文化が無いように思います。
自分の会社の困りごとを外部に相談できず、自分らの会社の中で何とか手探りして解決するっていうスタンスです。
人事の方たちも、社外の人たちとコミュニケーション取りながら課題を解決できるような場所がもっとあったほうがいいと私は感じています。
そういう場の一つとして本学会が展開できればいいと思います。
そういう場所があれば人事の方も増えてくるし、いい形で繋がっていくのかなという風に思っています。

― 中辻
森本先生のご意見にもあったように、人事の方がさらに参画して頂けると良いですね。
自社内のことを機密事項で外に出せないと思われているのですが、実際には「他社でもよくある例」です。
クローズで解決しようとすると、社風に流されてしまうこともあります。
裁判例や他社事例、今後の企業の在り方を世間がどうとらえているのか等を含めて総合的にとらえることで、もっと建設的な考え方ができるのではないでしょうか。
弁護士や社労士に相談するにしても、ある程度、人事が理解できている素地を持つという意味でも、人事の方にさらに参画して頂ければと思いました。

― 彌冨
私も森本先生がおっしゃった通り、思った以上に人事の方が少ないと思いました。
産業医や産業保健スタッフが、職場の外に現場での課題解決を求めて本学会に参加したというのは分かるのですが、森本先生がおっしゃったように、人事はなかなか対外的に相談しにくいのだと思います。
自社内のことは会社の顧問弁護士等にクローズドで相談してしまうので、オープンな学会での活動はピンと来ないのかもしれません。
しかし、参加することによって、他の職種はどう考えるかっていうことや考え方の筋道も分かるので、将来的にはもっと参加していただきたいと思います。

― 五十嵐
人事の問題って結構大きいと思います。
後半の議論と繋がってくると思いますが、学会という形式が彼らに合ってるのかどうかという点も難しいところです。
この学会がどこを目指すのか、そのためにこの組織が果たして行く役割として、人事についてもネットだと相談先がたくさんあるので、この学会がやらなくてもいいんじゃないかっていう議論もあると思います。
この学会が世の中に必要だっていう思いがあるのですが、同時に本学会のポジショニングはどうすべきかというのは難しい課題だと思います。

― 森本
さっき彌冨先生がおっしゃったことに私も気づきを得たんですが、企業に法務部があって、 ある程度以上大きかったりすると企業内弁護士もいて、また外部に顧問弁護士がいるじゃないですか。
企業内弁護士もしくは企業と契約を結んでいる弁護士の先生が、今後、産業保健法学会とマッチングしていく形という点では、どういう風にイメージすればいいんでしょうか?

― 井上
すごく難しい問題ですね。
私もマチベンにすぎないので詳細は分かりませんが、企業内弁護士の先生は契約とかM&Aが主で、あまり労働事件とか人事労務のことはやらない印象です。
泥くさくて答えのない労働事件や人事、産業保健の世界は、あまり関わってこられない。
やり方によっては責任も発生してしまうので、むしろ外部の顧問弁護士とかに頼む、外注するというやり方だと感じます。
だから、企業内弁護士は、産業保健の世界が自分たちの仕事とどう関わるのか分かりにくいと思います。
本当は、企業法務と産業保健はすべて有機的に関連していて、予防法務や健康経営という形で企業の生産性向上に関わるものだと思うのですが、まだそこに一つの断絶があるかもしれません。
一方で、外部の弁護士はといえば、弁護士は使用者側と労働者側で役割が分かれています。
もちろん地方だとどっちもやるって言う弁護士もいらっしゃるんですけど、使用者と労働者は利益が対立していますので、労働事件に特化すれば特化するほどどっちもはできないんですね。
先ほど五十嵐先生が本学会のポジショニングの問題を指摘されていらっしゃったのですが、弁護士としても、使用者側と労働者側でポジションが分かれてしまっているので、果たしてこの学会をどう見るのだろうかというのが興味深いです。
ただこの学会の意義はどちら側でもないということだと思いますので、そこの部分をどのように弁護士等の法曹に伝えていくのかが大切だと思います。
後は、弁護士は紛争解決が本体業務なので、予防法務に対して儲からないっていう風に思ってることも多いです。
本当は事前予防と事後解決は表裏一体で密接に関連するものですが、私たち弁護士の頭の中で予防と解決が分断してしまっていて、そういう意味でも、本学会のような予防をやる学会に関わるモチベーションが生まれない一因があるのではと思います。

― 彌冨
弁護士の先生としては、発生した難しい問題やこじれた問題をスマートに解決することが腕の見せ所であると考えられる方が多いと思うので、そういう先生から見たら予防というのはあまりピンとこないことなのかなと思います。
一方で、私たちにとっては、予防という視点は非常に重要で、そのことを共感して頂ける方がいらっしゃるこの学会は非常にありがたくて、意義のある学会であると思っています。

― 森本
予防ってお金にならないんですかね。

― 井上
本当はそんなことないと思います。
森本先生が一緒に本を出された向井先生とか、最前線の弁護士の方達は気付いてると思います。
ただ、一般の私たちのような弁護士はやはりお金をもらいにくいです。
実際に事件が起きて困っている、裁判をされて助けてくれって言う人からはお金がもらいやすいのですけど、特に中小事業主の方たちからは「予防?何でそんなことのために弁護士にお金を払うんだ」って言われてしまいますから、予防法務のマネタイズは難しさを感じています。

― 森本
ピュアな予防という面では、産業医の方もそれほど仕事のボリューム感ないと思います。
ただ、例えばある従業員さんがハラスメントを受けました、長時間労働など会社・仕事の中で不調になりましたという時、その人は復帰できたとしても、また同じことが起きないためにはどうしたらいいかっていう話はいっぱいあります。
それも一つの予防なので、そういうところまで踏み込むといいのかなと思っていますが、一方で会社規模が中小になればなるほど目の前の課題を解決していくので精一杯なことが多く根本的な対策に進むことの難しさを感じながら話を聴いていました。

産保法研とは?

産保法研は2012年に、当学会の発起人・統括常任理事である三柴丈典教授(近畿大学法学部、右写真)が中心となり設立・運営し、産業医、社会保険労務士、保健師・看護師、カウンセラー、企業の人事担当者や弁護士ら約800名の講座受講者を輩出しました。この活動が本学会発足の基礎となりました。